多視済済!

 べストとウエストポーチに組み込まれた安全装備,それはエアバッグだ(右図)。これを着用した人が転倒したときに展開,頭部を保護し大腿部の骨折を防ぐ。安 全帯をはじめとする安全器具を手掛けるプロップ(本社東京)らの研究グループが開発した。同社によれば,病院や福祉施設などの高齢者を想定したものだ が,労災防止の観点から工場からの引き合いもあるという。

 「着る」エアバッグはセンサとインフレータ,バッグから成る。構成はクルマのエアバッグと変わらないが,各要素が少しずつ異なる。

 まず,センサ。クルマの場合は,感知用の重りが衝突時の慣性力で移動して電気回路を閉じる電気-機械式センサなどを用いるが,着るエアバッグでは転倒時 の自由落下を検出する3軸加速度センサを利用する。ただしこれだけだと,走ったときやいすに座ったときなど,目的とする転倒以外の動作でも同様の加速度波 形が生じ,誤作動の恐れがある。そこでp.19に掲載したように,加速度センサに,体の傾きを検出するジャイロ(角速度センサ)を組み合わせた。体の傾き は,転倒するときと走ったり座ったりするときとでは明らかに違うため,誤作動を防げるのだ(下図)。

 研究グループのメンバーである東京都立産業技術高等専門学校と千葉大学が共同で実施した試験では,加速度が±3m/s2以下,角速度が30deg/s以 上を同時に満たす条件を「転倒」とした。そして51回の模擬転倒試験を実施したところ,「転倒」の検出精度は96%だった。「日常生活の加速度波形を計測 するなど,2008年秋以降の商品化までに,さらにセンサの完成度を高めていく」(プロップ代表取締役の内田光也氏)。

 センサが転倒を検出すると,頭部用と腰部用の2本のインフレータが点火し,それぞれのエアバッグにガスを供給する。ガスはCO2ガス80%,N2ガス20%の混合ガス。「最初はCO2ガス100%だったが,寒冷地で展開に時間を要したために変更した」(同氏)。

 問題となったエアバッグの展開時間は0.1~0.12秒。クルマのフロントエアバッグと比較すると,約2倍の長さだ。だが,クルマとの本質的な違いは別 のところにある。展開後のガスの抜き方である。クルマのフロントエアバッグの場合は展開後直ちにガスを抜くが,このエアバッグの場合には40秒後から徐々 に抜けていく。視認性を確保するクルマ向けと,倒れた人を安静に保つ転倒向けでは,設計思想が異なるのだ。

 インフレータが点火するときの音の大きさは110dB。「消音に関してはもう少し研究の余地がある。ただし点火時の音には,高齢者が一人で倒れたときに周囲の人に異常を知らせる警報の役目もあるため,単純に引き下げればいいというわけではない」(同氏)。

 人体を守るエアバッグの素材はナイロンをベースに,熱保護を目的にポリウレタン・コーティングを施したもの。クルマと違って身に着けることから,何より軽さを追求したという。

 内田氏は,開発で最も苦労したのはセンサの調達と明かす。「PL(製造物責任)などの観点から,センサの提供に二の足を踏むメーカーがほとんど」という。結局,供給に応じてくれたのはただ1社,米Analog Devices社だった。

* 研究グループのメンバーはプロップのほかに,横浜市総合リハビリテーションセンター,労働安全衛生総合研究所,千葉大学,東京都立産業技術高等専門学校,国立静岡てんかん・神経医療センター。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「福祉用具実用化開発費助成金」を受けて開発した。