100万円台の手作りワイヤグリッド
前ページの正体は,ワイヤグリッド。0.3T~10THzと,光に近い周波数帯の電磁波を扱う領域で使う偏光子だ*。一般に,直径10μ~100μm程 度の金属製ワイヤを金属製の枠に渡した構造で,ワイヤに対して平行な偏波は反射し,垂直な偏波は透過する(図1)。その特性は,ワイヤの直径とピッチ,グ リッド面の平たん性などの影響を受け,いかに平行に,等間隔に,たわみなくワイヤを配置するかが性能を決める。
しかし既存のワイヤグリッドは,タングステン・ワイヤを20μ~200μmのピッチで枠に固定する手作り品で,100万円もする。生産性が悪い上,精度が安定せず,強度も低い。ガラスなどの基板にワイヤを貼るものもあるが,解析が複雑になる。
20万円台の高性能ワイヤグリッド
100万円台を20万円台まで一挙に安くしたのが,村田製作所研究開発センター桂研究室室長の藤井高志氏らのグループだ。同氏らは,精密機械器具メー カーのオリジン(本社京都市)が持つエッチングでふるいを製造する技術を応用し,ワイヤグリッドの低コスト化に成功した(図2)。
このワイヤグリッドは,SUSの板から造るため表面が平たんで,横桟があるので強度が高い。透過率については,高透過率タイプで95%以上を達成している。
ところが,この高性能ワイヤグリッドには,最大180mmと,口径に限界があった。板の両側からエッチングするため,広い範囲にわたって位置決め精 度を維持するのが難しいからだ。
10万円台の西陣フィルター
精度が高くて丈夫で,安定して造れる大型のワイヤグリッド。それを目指して開発したのが,前ページの西陣フィルターだ。
高性能ワイヤグリッドを開発した藤井氏は,西陣織の作品展を見て気付いた。織物の技術をワイヤグリッドに生かせば,大口径化できるのではないか。早速, 村田製作所の桂研究室がある京大桂ベンチャープラザに相談すると,「工業分野に西陣の技術を生かせないか」(財木氏)と考えていた財木を紹介された。そし て,西陣フィルターの開発が始まったのである。
出来上がった西陣フィルターの価格は,1×1.5mで10万円程度。1mm当たり10本のSUSを配置しており,1THzに対応する。
ただし,絹糸は電磁波を10~15%吸収する。このため西陣フィルターの対応周波数帯は,1.5THzが限界。それ以上の用途では,安価な西陣フィルターを使って性能を確かめてから,より高性能なワイヤグリッドを採用するといいという。
大口径が必要な用途向けには,緯糸として,より細いワイヤを使う可能性もある。直径が20μmなら,2T~2.5THzに対応できる。絹糸より高価になるが,緯糸にポリエチレンを使えば,3T~4THzにも対応可能。経糸にSUSを使うことも考えられる。
用途については,例えば,筒状にして導波路として使えないか,という研究者がいる。電磁波を遮断しながら向こう側を見通せる特徴を使えないか,という企業もある。藤井氏によれば,ほかにも「アイデアはある」。
* 電波法では,「『電波』とは,300万MHz(3THz)以下の周波数の電磁波をいう」と定めており,これより高い周波数は光の領域となる。