——国内市場でノウハウのない日本企業が海外でどう戦いますか。

 一ついい例があります。フィリピンのマニラでは,無収水率(浄水場から送られた水の全量に対して、漏水や盗水により途中で失われる率)が63%もあって,極めて非効率になってしまった水道事業を1997年に民営化することを決定しました。その際に,三菱商事が地場企業のアラヤ社と共に資本参加してマニラ・ウォーター社という水事業会社を立ち上げたのです。アラヤ社は,革新的な技術は持っていませんでしたが,地元のメーカーですから地域住民の考え方や現場の状況をよく知っていて,どうすれば料金徴収がうまくいくか,などの運営上のノウハウを持っていました。三菱商事自体は,進出当時は,十分な運営ノウハウを持っていなかったにもかかわらず,地元企業とうまくコンソーシアムを組むことで,地元の雇用にも貢献し,堅実な運営を続けています。無収水率も20%以下に減ってきています。確かに,ノウハウのない日本企業だけでは無理ですが,地場の企業と組んで,お互いのノウハウや経験を組み合わせることで,日本企業にも十分対応できると思うのです。

——運営ノウハウという意味では,東京都など地方自治体が低い漏水率などの運営ノウハウを武器に海外に打って出ようとしています。

  海外に進出しようという志向自体は素晴らしいことですが,留意しなければならないと思うのは,日本の地方自治体は,コストをかけて漏水率を下げているということです。つまり,日本の地方自治体が持っている運営ノウハウというのは,コストコンシャスではない,ということを認識する必要があります。さもないと,これまで地方自治体が第3セクターなどの形で事業運営に失敗してきた死屍累々の歴史を海外水事業でも繰り返すことになります。

——日本の地方自治体が蓄積している運営ノウハウは海外ではあまり役に立たないということですか。

 この本でも強調しましたが,日本の地方自治体が保有しているオペレーションやメンテナンスなどの技術的な運営ノウハウの蓄積は,世界市場ではセールスポイントになりません。世界市場で求められているのは,長期契約手法,資金調達,事業コストの削減手法,リスクヘッジの方法といった事業運営に関するノウハウなのです。海外の水事業に参入するためには,国際競争入札のプロセスを経ますが,その際発注者側はこうした事業運営の実績を求めるケースが多いのです。このため,事業運営のノウハウを持たないと,前にも言いましたように入札に参加することすらできない,という現実があります。

  そのためにも,前述したように海外企業と提携するなどの形で,このノウハウを取得する必要があります。繰り返しますが,それは,決して日本の地方自治体が持っている技術的な運営ノウハウとは種類が違うものです。もちろん,技術的な運営ノウハウも必要ですから,例えば海外展開しようとする水関連企業が,東京都の職員を雇用して一部の業務を担当してもらうということはありうるとは思いますが,東京都が運営ノウハウを持っているから包括業務委託を受注できるということはないでしょう。