アジア・中東などの新興国で,水需要が急速な高まりを見せている。経済産業省がこの4月にまとめた「水ビジネス国際展開報告書」によると,世界の水ビジネス市場は,2007年の約36兆円から2025年には約87兆円に増加する。中でも伸びが大きいのが,中国,サウジアラビア,インドなどの新興国でいずれも毎年2桁成長が続くと見られる。政府が掲げる新成長戦略の目玉であるインフラ輸出の推進のためにも,この拡大する新興国水市場をいかに取り込むかが喫緊の課題である。
 そこで,『日本の水ビジネス』で,水ビジネスをめぐる日本と世界の状況を分析した新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術開発推進部長の中村吉明氏に,日本企業が新興国市場で戦うために何が必要なのかを聞いた。

——自動車やエレクトロニクス分野に限らず,水ビジネスの世界でも,新興国にビジネスチャンスがあるということですか。

NEDO技術開発推進部長の中村吉明氏
NEDO技術開発推進部長の中村吉明氏

 背景には,いわゆる新興国と呼ばれている国々で水に対する需要が急速に高まっていることがあります。その要因は三つほどあります。第一に,生活スタイルが徐々に先進国化しています。髪を洗うときにシャンプーを使ったり,水洗トイレを設置したりといった,水多消費型の生活スタイルが少しずつ浸透しています。第二に,中国が「世界の工場」と呼ばれるように,生産拠点の拡充が相次ぐに伴い,工業用水の需要が拡大しています。第三に,新興国では人口が急増している国が多いので,農業生産の増加に伴って農業用水も足らなくなってきています。

 その一方で,これらの新興国では,雨水や地下水など自然からの綺麗な水を得ることが難しくなってきており,使用後の排水も増加しています。需給ギャップが急速に拡大しているのです。そこに,水ビジネス企業が入り込むチャンスが生まれています。実際,先進国における水ビジネス市場ではすでにいわゆる「水メジャー」と呼ばれる欧州企業が市場を牛耳っていて,入り込む隙はありません。新興国の中でも,とくに成長著しい中国,インド,中東諸国の市場をどう攻略するかで,欧州系水メジャーに続く,「日本版水メジャー」が生まれるかどうかが決まるといってよいでしょう。

——新興国市場では,欧州系水メジャーに加えて,シンガポールや韓国の水ビジネス企業が参入してきています。日本企業はそれらの企業とどう対抗していけばよいのでしょうか。

 日本企業は,個別の技術には強いのですが,問題なのはトータル・コーディネートするノウハウや人材が足りないことです。そもそも,新興国では,水事業全体として契約をするので,個別の技術が強くても,トータル・コーディネートできないと,入札すら参加できないという問題があります。いわば,“胴元”にならなくてはダメだということです。

——どうすれば日本企業が“胴元”になれるのかを聞いていきたいと思いますが,その前にそもそも水メジャーが“胴元”になれたのは,どうしてでしょうか。

 海外に出る前に,自国内でノウハウを積んだことが大きいです。例えばフランスでは,すでに19世紀に都市部の水事業をヴェオリア(Veolia Water)社やスエズ(Suez Environment)社といった民間企業に包括的に委託してきました。これによって,水事業運営に関する広範なノウハウを蓄積して,それを武器にグローバルに展開していきました。

 こうした国内から海外へという水メジャーの戦略と近い動きをしているのが,シンガポールのハイフラックス(Hyflux)社です。シンガポールには,水資源を一括管理する公益事業庁(PUB)という公的機関がありますが,2003年に国内初の海水淡水化プラントをハイフラックス社に委託したのです。同社はそこで培った事業実績を活かして,近年中国や中東,アフリカ諸国でビジネスを拡大しています。