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言えない大事

ひかれ者の小唄

  • 佐々木次郎
  • 2010/07/02 12:03
  • 1/1ページ

 「ええっ、次郎さんよ、ひかれ者の小唄ならまだいいが、ひねくれたってしようがないじゃあないか。どうしてあいつ、素直になれないのかナァ」。ひかれ者なんて、お江戸の時代に戻っちまいましたワナ。部長にいつも突っかかる、あのS君のことですヨ。どうもS君、往生際が悪いようです。

 まずは、ひかれ者の小唄、その意味を説明しておきましょうヤ。お江戸の時代のひかれ者とは、つまり、罪を犯して処刑場に引かれて行く者のことで、その時、その死に向かう罪人が、わざと平気なふりをするために、当時流行の小唄を口ずさむ、そのことですヨ。イイことではありませんが、転じて、追い詰められてどうにもならなくなった立場の者が、最後の美学、ある種のイイかっこしい、そんな意味ですナ。

 で、そのS君、開発の手順がどうもうまくいかなくて、部長が注意したんだそうです。「自分だけで空回りするんじゃなくて、周りの人に助けてもらえばいいじゃないか。いつもはうまくいっても、ダメなときはダメ。癪(しゃく)だろうけど、助けてもらえよ。そう言ったら、あいつ、『ですよね、ダメなときはダメ。でも、お前いつもそうなんだから、今度も助けてもらえ、そういうことですよね』って。ええっ、素直じゃないだろう? しかも、『部長、ハッキリ言ってくださいよ。どうせ、私じゃ荷が重いんでしょうから、担当を変えようか、そう言ってくださいよ』って言うんだ。ナァ次郎さん、こんな時は、スッキリ『ごめんなさい』、それでいいのにナァ」。

 確かに、部長の言う通り、ダメなときはダメ。あがいてもうまくいかないのですから、気持ちを切り替えて出直す。それでいいのに、開き直ったり余計な強がりを言ったり、これじゃあひねくれただけ。せめて、さらりと粋に始末をつける、それがひかれ者の小唄ですヨ。

 よくある話てェ言えばよくある話です。しかし、不思議な気持ちもしますワナ。ダメになった、あるいはダメになりつつあることを、本人が一番分かっていることでしょうに、その本人が開き直ったり、変な強がりを言ったり、これでは何の解決にもなりません。部長の解説です。「結局、アキラメなのサ。自分じゃどうにもならないてェことを、自分が一番分かってるのに、そこを認めたくない、そんな気持ちの裏返しなのヨ。同じダメなら、素直に認めたほうが解決する、あるいは次のステップにいけるのに、そこをアキラメたからこそ、自暴自棄、ヤケになっちまうんだろう」。

 そうかもしれません。気持ちの納まりがつかないので、捨て鉢な、最後の自己主張を言うのでしょうナ。しかし、良い方に向かわない自己主張は、何の意味もありません。開発なんて、全部が全部うまくいくはずはありませんヤネ。だからそんな時、重い気分を粋な小唄で吹き飛ばす、そんな心意気、いや心遣いも必要てェことで、それも開発の一つかもしれませんゾ。

 どうしようもなく行き詰まったところで、ひかれ者が小唄を口ずさむ。それでおしまい、さらりと粋に始末をつけるなんざァ、昔のシトは善人も悪人も、最後のところで美学的センスを発揮するイナセ(※)なシトたちですヨ。


江戸時代、日本橋魚河岸の若者の間で流行したちょんまげのカタチ。イナはボラの若魚で、その背中に似ているから、イナセ。

 そもそも、小唄てェもんは、粋(いき)なもんですよ。江戸末期の三味線唄、さらっと粋に時代を風刺したり、艶(つや)っぽい心持ちなんぞを唄ったものですヨ。現代で言えば、知性的な短編流行歌、とでも言いましょうか。肝心なところ、それは粋ってことで、本心を直接的に表現するようなヤボじゃありませんヤネ。そんな江戸小唄、例えばこんなのがありますゾ。

~♪ 逢いた見たさは 飛び立つばかり 籠の鳥かやうらめしや ああ しょんがえ ♪~

 ちょっと、若いシトには難しい内容かもしれませんが、ワケあって、自由の身ではない女性が、惚れて好きになった人のもとにすぐにでも行きたい、なのに、それがかなわない。そんな自分を恨めしく思ったところでしようがない…、そんな意味ですワナ。ちょっと切なくも、さらりとしかも小粋な感じ、いいですねェ。ですから、件のS君、同じ開き直りや強がりも、さらりと小粋に唄えばよかったんですナ。例えばどんな風に? ははは、じゃ、チントンシャン…。

~♪ 新茶の香りも八十八夜 二百十日は長すぎて 出涸らしばかりじゃ飽きられる ♪~

 …なんてェのはどうですかねェ。数字はダジャレで、深い意味なんぞはありませんが、S君の照れ隠し、そんな心持ちが伝われば上出来ですワナ。

 ~♪ 思わずお江戸の時代に逆戻り あたりも暗いか赤提灯 ああ しよんがえ ♪~ 
 
…てな訳で繰り出しましたよ。「そうだよなあ、次郎さん。やはり、さらりと小粋、そこが大事じゃあないか、それがなけりゃあ、ただの強がり。ひかれ者だって、最後の最後に、粋な強がりをしようって、切ないけれどそこで終わり、すべて清算しようって思ったんだろうに…、ナァ」。まだまだ小唄談義が続きます。

 さてさて、飲むほどに酔うほどに…。おっと、いきなりお局が、「アタシだって小唄の一つや二つ、いけるわよォ。昔の話だけど、好きな唄があるのヨ。若いころを思い出すワ。辛かったけれど、小唄にすると粋になって、何か和らぐような気になるのよネ。

~♪ 身は一つ 心は二つ三股の 流れによどむうたかたの 溶けて結ぶの仮枕 あかつきがたの雲の帯 なくか中州のほととぎす ♪~

 「えええっ? お局、そ、その小唄の意味、深すぎないかァ!」。そんなアタシたちに続けて…。

~♪ いつもの連れと世話がたり 酒がすすんで水道橋 深い話が飯田橋 なんだ神田でさようなら ♪~
 
 「じゃあ、お先に。いつもご馳走様!」。って、おいおいお局、そ、それじゃあカッコ良すぎるぜェ…。

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