新しい文化を創り出せるか

 これからの新製品開発においては,一部のユーザーだけでなく,グローバルな市場で多くのユーザーに対して,新しい流れを作り出せるかということが重要になってきていると私は考えています。

 過去の電機製品においても,生活密着型の白物家電以外では,ラジカセや「ウォークマン」を代表とするヘッドホンカセットなどがこれを達成してきました。これらの製品は,多くのユーザーに新しい文化的な潮流を生み出すきっかけを提供したという共通点が存在しています。音楽を聴くというライフスタイルの変化を促すに足る製品パワーを持つ商品だったといえるでしょう。

 例えば,「iPhone対Android」で話題になっている携帯電話機にしても,垂直統合か水平分業かという単純なカテゴライズによる比較ではなく,ユーザー目線に立って何を提供し,そのことがどのような新しい文化を生み出しているのかという視点に立脚して検証していく必要があると考えています。そのために製品やサービスが,何をユーザーに提供してユーザーがそれを発展させてどのようにライフスタイルに工夫して取り入れているかという,消費者視点が重要だと思うのです。ユーザーにとっては、心地よい使い勝手をどのように提供してくれるのかということが唯一重要になるからです。

 これを突き詰めていけば、最近ヒットした新製品には文化の醸成という側面が存在していることが分かると思います。製品と文化的なニーズがうまく噛み合って初めて新しい製品の潮流が生まれるのです。これがないと最初から価格競争という泥沼に容易に巻き込まれてしまいます。

 例えばシャワートイレや最近の家庭用美容機器,iPod,iPhone,iPadなどの一連の米Apple Inc.の製品,米Google Inc.のサービスなど,製品と文化的なニーズがうまく噛み合った例と言えるでしょう。

 シャワートイレを一度使えば,それがないと物足りなく感じてしまいます。シャワートイレにおいて製品を普及させることは,新しい文化を普及させることに他なりません。海外にシャワートイレを輸出することは,日本文化も併せて輸出することになるのです。

 家庭用の美容機器も最近になって新製品が続々と生まれていますが,以前は美容院やエステサロンに出向いて利用していました。それが経済環境や生活習慣の変化により家庭内で使用される頻度が増えています。これらは社会環境の変化とうまく噛み合って相乗的に変化しています。

 Appleの製品群も同様です。今までになかったサービスや利用スタイルをアップルが提案し,それが持つ圧倒的な使い心地の気持ちよさが消費者に受け入れられ,ファン化したユーザーがその文化の作り手になっているよい例だと思います。Googleにしても,それ以前の生活に戻れないほど文化的に社会に定着しています。

 潜在化したニーズと製品がうまく噛み合い,その製品に文化を醸成していくパワーがあれば。今までに見たことのない新製品が文化を創っていく。そういう社会に我々は今暮らしています。

 このような視点から新製品や新ビジネス開発に携わっている私には,残念ながら,今の3Dテレビにはそのパワーが十分でないと思えて仕方がありません。前回のコラムにも書きましたが,目の前に存在して認識できている問題を,直線的,換言すれば左脳的・解析的に既知の方法で解いていっても,文化を醸成できる新しい製品は生まれません。

 どのような問題が潜在的に存在しているかを直感的,右脳的に認識し,その問題を解決してくれる製品を生み出し,幅広い人々がそれを受け入れるという新製品開発のアプローチが今求められていると思います。言葉を換えて言えば,工学的なアプローチではなく,比較文化論的・社会学的アプローチがこれからの新製品開発には必要となると考えています。

 日本から再び,新しい文化を創造する製品が生まれることを願ってやみません。

生島大嗣(いくしま かずし)
アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら