東京大学教授の丸川知雄氏
東京大学教授の丸川知雄氏
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――丸川さんは,『現代中国の産業』で,中国でなぜ「垂直分裂」(注:「垂直統合」の逆の現象で,各部品をバラバラな企業から調達して組み立てること。過去のコラム参照)という現象が発達したかの理由として,自分で内製するよりも外部から買ってきたほうが短期的に利益を得やすい面を挙げています。共通する背景として,信賞必罰的な文化や仕組みがあるということでしょうか。

 確かに,中国メーカーに勤める従業員にとっては,10年後の成功を目指して基礎的な技術開発などということをやっていたら,5年後にはその会社にはいないかもしれないという不安定性または流動性があるので,中長期の技術開発やりにくいという面があります。

 しかし,それを補うものとして国営の研究所があるので,全体として見ると,メーカーが短期的な収益を追求し,公的な研究所が中長期のシーズを研究するという棲み分けがあるので,中国メーカーだけを見てあなどってはいけないと思います。

――中国は共産主義国家ですが,信賞必罰的な仕組みがあるとういことは,むしろ日本よりも資本主義的な考え方が浸透していて,それが経済発展の理由の一つになっているということでしょうか。

 そういう面は間違いなくあると思います。象徴的な出来事としては,1990年代後半に国営企業を中心に4000万人の従業員が解雇されるという「事件」が起きました。それまで,国営企業に入ったら解雇はないと思っていたのが,こうした常識は崩れ去ったのです。こうして,国営企業も民間企業も,意識の面では,成果主義や雇用面では違いはなくなりました。

――むしろ日本よりは雇用の流動性が進んでいる…。

 そこは,いい面,悪い面ありますが,それが中国のダイナミズムを生んでいるのも確かなことです。中国では,例えばリーマンショックで需要が減退すると,広東省だけでも何万社という企業が潰れたと言われましたが,実態は仕事がなくなると従業員をさっさと解雇して倒産を回避しているケースがかなりあるようです。そして需要が回復すると次々と復活してくるわけです。日本のように倒産して再起不能という深刻さがないような気がします。

――解雇された人たちはどこに?

 中国の農村部では,家族の誰かが残っていれば土地はキープされますので,農村からの出稼ぎ労働者は,景気が悪くなると農村に戻って,どうにかこうにか食べていけるという状況があります。景気がよくなると,再び都市に帰ってきます。

――出稼ぎ労働者の労務コストが上がっていると聞いています。

 農村から無尽蔵に供給されると見られていた農村からの出稼ぎ労働者は,2004年以降不足気味になって,賃金が上がり始めました。リーマンショックでいったん需要が激減して賃金上昇は止まったのですが,内需振興策ですぐ経済が回復したので,出稼ぎ労働者の賃金上場傾向は強まっています。もし,日本メーカーが安い賃金を求めてこれから中国進出を考えているのであれば,他の国も視野に入れた方がいいと思います。

――日本メーカーの中国進出という面では,このところスマートグリッドとか発電所,高速鉄道とかのインフラ系の輸出を進めようという動きが活発化しています。これについては,どうお考えでしょうか。

 『現代中国の産業』でも分析しましたが,「垂直分裂」というキーワードで示したように,中国サイドは,なんでもバラバラに分解して互換性を持たせた上で導入しようとします。日本サイドとしては,中身はブラックボックスにしてシステムとして売り込みたいところですが,そこに固執するとビジネスはうまく進まないと思います。中国側の考え方や論理を理解した上で,ある程度はバラバラになることを前提にして交渉した方がよいケースも多いと思います。

――でも,そうなると中国サイドの思う壺では・・・。

 中国サイドの思惑は,海外から技術を導入して,自国産業を育てて輸出までしようというもので,これを止めることはできません。新幹線を先進国からいかに導入しようかと最近まで考えていたのに,米国に高速鉄道を輸出しようとする国なのですから。避けがたいことであれば,それを前提にして,なんとか有利に交渉を進めるしかないと思います。例えば,ある欧州メーカーは,車両技術を中国に導入する際に,信号機をセットで売り込むことに成功したといいます。バラバラにされても,転んでも,ただでは起きない,というしぶとい姿勢ではないでしょうか。