東京大学教授の丸川知雄氏
東京大学教授の丸川知雄氏
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――中国ローカルメーカーの中には,「山寨機(さんじゃいじ)」(関連コラム)といわれる違法すれすれの携帯電話機をつくるメーカーやナンバープレートもなく,運転するのに免許もいらないという低速電気自動車(EV)メーカーが数多く進出してきて,こうした山寨機メーカーが海外に進出しているという動きもあるようですが…。

 携帯電話機の山寨機については,2009年に1億数千万台も生産されたと見られています。中国国内では多くのメーカーが過当競争や同質競争に苦しんでいますので,このうちかなりの数が中国外に輸出されたと見られています。山寨機の輸出先は,インドでさえなくて,それよりもさらに貧しいパキスタンなどのアジアやアフリカ諸国です。

 ただ,山寨機は輸出先でもさまざまな問題を起こしています。例えば,山寨機はコストダウンのために登録番号一つで何台もの端末を共有するということをしていますが,パキスタンで一つの登録番号で1台しかつかえないように規制したら,いっぺんに数多くの端末が使えなくなった,というような笑い話のような話も聞きます。中国では,携帯電話の山寨機ビジネスだけで百万人もの人がかかわっていると見られていますが,その多くは淘汰されて,一部は正規メーカーとして生き残っていくでしょう。この手の現象は,携帯電話機だけでなく,さまざまな産業で繰り返し起こっていることです。

――山東省あたりでどんどん出現している低速EVメーカーも淘汰の方向でしょうか…。

 山東省の低速EVは…,どうなんでしょう。確かに,道路交通法などの基本的なルールを無視したものですが,農村の切迫したニーズがある限り,息の根は止められないでしょう。

――以前の講演で,「中国の民族系メーカーは,裕福になった層に向けて,欧米や日本メーカーの高級車を模擬して排気量の大きい車種を開発する傾向が強いが,本来こうした農村部の輸送ニーズにこたえるクルマをつくるべきではないか」とおっしゃっておられました(以前のコラム)。

 そうですね。大手メーカーがつくらないから,農村部のニーズに応える中小企業が雨後のタケノコのように出てくるのは当然のことです。馬とかトラクターしか輸送手段がない世界にもう少しまともな輸送手段を提供していくことの社会的意義は大きいと思います。安価なことと同時に,安全性や環境問題を無視したような車種を排除して健全なモータリゼーションを農村部で起こすことが大切だと思います。規制や補助策など中国政府がやるべきことは山積していると思います。

――そのようにして中国の農村部や内陸部向けに開発した製品は,インドや他の新興国市場と親和性があって,受け入れられているようです。その親和性をもたらしている共通点としては,どんなことが考えられるでしょう。

 それは一言で言うと,「貧しさ」でしょう。貧しさを実感している人にしか,貧しい人向けの製品はなかなかつくれないということだと思います。そもそも,最貧国と言われる国々では,先進国では当然のことと考える製品ジャンルそのものさえない状況があります。例えば,アフリカ諸国の中には,アパレル商品といえば欧米諸国からの古着だったという国があります。そこに同レベルの価格で中国製の新品が入ってきたわけです。古着よりはどんな製品だろうと新品の方がましだという見方ができます。世界にはそういう状況の国が数多くあって,そうしたニーズを敏感にキャッチする中国メーカーが出現して,そこに中国製品がダダッと入ってきているわけです。先進国にいると想像もつかないような,最底辺のボリュームゾーンが世界にはあるわけですね。

――こう聞いてくると,そのような世界のボリュームゾーンに果敢に取り組む中国メーカーのバイタリティのようなものを感じます。その秘訣というか,強さの源はどのようなところにあると見ていますか。

 色々な中国メーカーがありますが,共通点を挙げれば,従業員のモチベーションを高めるために,信賞必罰だということです。成果主義といってもいい。業績のいい人にはじゃんじゃん給料を上げる。これに対して日本メーカーはそれほど差をつけない。

 これはもう文化的な違いというしかなくて,教育でも中国では子供ころから差をはっきりつけて成績の良い子供はどんどん伸ばそうとします。日本は,成績の悪い子供でもついていけるような,平均主義に傾いていますね。

――信賞必罰的な教育や文化がボリュームゾーンを攻めようというバイタリティが背景になっているということでしょうか。

 ボリュームゾーンを攻めようということと直接関係するのかどうかよく分かりませんが,少なくとも,信賞必罰的な仕組みがもたらすものとしては,売り上げにしても収益にしても,短期的な成功というか,目先の成功に飛びついていく傾向が強まるということだと思います。