東京大学教授の丸川知雄氏
東京大学教授の丸川知雄氏
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 リーマンショックからいち早く復活し,今年に入ってからも2桁成長を続ける中国市場の存在感が増す中で,日本メーカーは,「新興国市場戦略のジレンマ」という状況に陥っている。欧米や日本向けに開発した製品が過剰品質や過剰技術の傾向があって,中国のボリュームゾーンの市場に受け入れられない---。なぜこのような状況に陥ってしまうのか。どのような対応策があるのか。『現代中国の産業』で鮮やかな切り口で中国産業を分析した東京大学 社会科学研究所 教授の丸川知雄氏に,中国市場に日本メーカーはどう取り組むべきなのかを聞いた。

――日本メーカーが開発した製品が中国市場になかなか受け入れられない状況をどうみていますか。

 歴史を遡ると,もともと日本は「発展途上国」であり,日本メーカーにとっては米国市場にどうやって切り込むかが大きなテーマでした。つまり,日本より発達した市場をターゲットとして成功を築いてきたわけです。そして,こうして米国市場で確立した評判によって,東南アジアや中国の市場でも成功を収めてきたという面がありました。

 例えば,ホンダは1999年に北米で成功していたアコードを中国でも生産しヒット商品になりました。このように,米国や日本市場で築いた評判や技術力を使えば,中国市場も開拓できるという時代が,90年代末まであったわけです。

 しかし,2000年代に入って状況は変わります。中国のより所得の低い層やインド・アフリカ諸国の市場が拡大してきました。自動車で言うと,これまでの富裕層または公用車や社用車の市場からファミリー層に広がってきました。いわゆる「ボリュームゾーン」の市場の出現です。そうした市場では,言い方は悪いですが「安かろう,悪かろう」という製品が求められます。日本メーカーが,そうした「安かろう,悪かろう」という製品を中心とする市場にまともに取り組んでこなかったというのは,以上のべた経緯から考えると,仕方の無い面もあると思います。言い換えると,つい10年前まで,むしろそのような「安かろう,悪かろう」という市場に手を出さないことで,日本メーカーは自動車にしても家電にしても中国・アジア市場で成功してきたという側面があります。

――日本メーカーは,中国市場では,90年代末までは自分より進んでいる市場向けに製品をつくってきたので,2000年以降に台頭してきた自分より遅れている市場向けの製品づくりでは,出遅れてしまった,ということでしょうか。

 日本メーカーにしても,2000年代に入って,富裕層や高級官僚ではない一般的な中国人やファミリー向けのクルマや家電製品を開発してはいました。中国企業と提携してこの新市場を攻略しようという動きもありました。しかし,個々では成功事例はあっても全体としてはうまくいっていない,というのが大方の見方だと思います。

 典型例が,三洋電機の試みですね。中国ハイアール社と提携して,三洋電機の製品をハイアールの販売ルートを使って中国市場に売り込もうとし,逆にハイアールの製品を三洋電機の販売ルートを使って日本市場に売り込もうとしました。その過程で,三洋電機は中国市場向けにより安価な製品を,ハイアールは日本市場向けにより高品質な製品を投入しようとしましたが,この試みは双方向共にうまくいきませんでした。