(1)中間層の消費活性化

熊谷氏 「中国は世界の工場と呼ばれるように,豊富な労働力と技術学習を基盤とした生産輸出国を確立しており,ここ10年間で急速な経済発展を成し遂げてきました。しかし,その間に中国の経済に構造的な変化が起こってきました。これまで,高度経済成長のエンジンであった経済圏(珠江デルタ,長江デルタ,環渤海経済圏など)の,主として輸出中心の加工貿易型の企業が多い沿岸ゾーンに逆風が吹いてきました。いずれも輸出コストの上昇要因ですが,(I)は人民元高の進行。ご存知のように人民元の対米ドル相場は2005年7月21日に管理変動相場制に移行以来,約20%強元高になっています。(II)は労働賃金の上昇トレンドです。そして(III)は外資企業の法人税率の上昇です(15%→25%。中国の輸出額の約60%超は外資企業によるもの)。

 一方,これらの要因は内需産業振興にとってはプラスに働いています。(I)の人民元高は輸入価格が下がるので内需にとってプラスです。(II)は所得の増加ですので,国内消費需要の拡大につながります。(III)については,中国国内企業に対する法人税が減税になっています(約35%→約25%へ。内外企業原則一律25%へ)。

 また,これまで輸出,固定資産投資主導で2ケタ高成長という成長一辺倒の特急で走ってきましたが,経済社会にいろいろなひずみを残しました。都市と農村,沿岸地域と内陸部など貧富の格差,環境の問題,経済と社会の摩擦などです。ここで少し成長のブレーキを踏み,調和のとれた社会へ向かって調整しようということです。胡錦濤政権が2002年の発足以来の重要テーマとして掲げてきた「和階社会(調和のとれた社会)」実現のため,この機に沿岸部と内陸部の格差を一気に是正しようという狙いがあります(主として4兆元の大型財政出動と金融緩和策によります) 。

 2012年には現政権の交代の時代を迎えます。最近の民主化の動きなど,社会秩序の安定という意味からも内需を一層振興することが重要な課題です。今回のリーマンショックに端を発する経済危機を教訓として,ますます輸出,固定資産中心の経済から輸出,固定資産投資,消費のバランスのとれた経済構造に変え,特に内需拡大に本腰を入れるというわけです。内需拡大にはこのような背景があるのです。」

熊谷氏 「JETRO(日本貿易振興機構)によれば,2009年中国の実質GDP成長率は8.7%であり,2位である日本を追い抜く勢いです(今年は追い抜かれます)。そのうち輸出はマイナス3.9%とさすがに世界の消費が冷え込んだ影響を受けました(そして,固定資産投資が8.0%,消費が4.6%で8.7%成長)。そこで中国は今年(2010年)の政策として輸出をプラスに据え置きながら,国内消費の成長をどれだけ伸ばせるか,結果として8.0%超の成長率を目標にしていますが,今年の第1四半期(1~3月)のGDPが11.9%ですので,通年では9~10%の成長と予測されています。」

 かつてアメリカのマクドナルドが「中国は13億の胃袋」と言っていたのを思い出すのだが,内需拡大が進めば13億の顔が化粧品を買い,13億の足が靴を買い,13億が車を買う。さらに13億がテレビを見て,13億がインターネットを使い,13億が自己実現を目指す21世紀の巨大マーケットへと急速に拡大していることは間違いない(現実には,当面2020年までにその約半分の7~8億人のマーケットがターゲットになるだろう)。

熊谷氏 「中国の内需拡大のための原動力として内陸部をテコ入れし,都市人口を増やす都市化を進めています。出稼ぎ労働者(農民工)にも都市戸籍を与え,社会保障の充実や消費の促進を図る考えで地方の中小都市建設に注力しています。都市化のための交通,物流のインフラを整備し内需の拡大につなげるわけです。

 また,人口の多い農民を含めた新しい医療,社会保障制度の法的整備が検討されています。中国の高貯蓄率の背景には,社会保障の未整備に対する未来への不安があるからです。セーフネットが充実されると消費の底上げにつながるはずです。」

 ということは,かつて日本の好景気の消費を今度は中国13億人が始めるわけだからマイホーム,白物家電,マイカーなどその頃のマーケティングデータをヒントに中国の消費者ニーズを予測することも可能なのではなかろうか。

 ただ日本で10年かかってやってきたことを,中国では約3年位でやってしまうわけだから幾重にも重なりながら猛スピードで消費されてゆく。だから日本の消費データのどの部分が重複して,何と何が同時性市場を持つだろうかという予測型マーケティングを研究してみたら,対中国の販売戦略に役立つはずだ。

熊谷氏 「政府は各種消費刺激支援策として,農村部(約7億~8億人)を対象にした「家電下郷」「汽車下郷」「建築下郷」や省エネ製品の販売促進など様々な政策を実施しています。「汽車下郷」では,旧式のオート三輪や低速トラックの軽トラックへの買い替え促進や農村部での自動車購入を支援するもので,排気量1300cc以下の小型乗用車購入への補助金を支給します(一般の人々には1600cc以下なら補助金支給)。例えば,2009年中国での乗用車販売で,日産は75.5万台でトヨタの71万台を抜き,かつ日産の日本国内販売約60万台を抜いています。そのうち,1600ccまでの小型車「ティーダ(東風日産)」は16万台を販売しています。2010年からは「マーチ」(1万ドル≒90万円)の新型車を現地生産し,中国を含む新興国をにらんだ戦略車を公開しています。ホンダは中国で58万台(日本国内での販売は63万台)です。日本の3大メーカーはエコカー技術で主役になろうとしています。

 ルームエアコン大手のダイキン工業は,販売台数が1年前に比べ2.5倍に伸びています(2009年20万台,2010年には50万台販売の見通し)。けん引役は昨年10月に投入した3000元台(5~6万円)の価格のインバーター(省エネ)搭載機種です。これは現地のエアコン最大手と組み,消費電力を30%減らせるというものです。日本では当たり前のインバーターも中国では普及が始まったばかりで,上海市などでは購入時に補助金が支給されます。沿岸部から内陸部でのエアコン需要も増加しており,家庭用の普及価格帯への規模メリットを追求する戦略は成果を出しています。2010年の3月期には中国は約1400億円の売上げです。空調の15%を占める中国事業が連結の業績を支えています。インドでも昨年9月に工場を立ち上げました。」

 これらの具体的な話から,日本企業の中国での奮闘が,成果を上げ始めているのがわかる。

熊谷氏 「日本の保険市場(総資産)は,1970年の約7兆3000億円から2006年は約260兆円と,36年間で35倍まで拡大しました。中国も2000年から2009年6月までの約8年間で,約11倍の約3兆7100億元まで伸びています。GDPの規模がまもなく日本を抜くのですから,これからますます保険市場が拡大することは,日本の先例を見ても明らかです。1人当たりの生命保険料は,2008年で日本の2869.5米ドルに対し,中国はわずか40分の1の71.7米ドルにとどまっています。香港で2929ドル,台湾で2288ドルですので,この値は間違いなく上がるはず。中国の保険会社もいずれ銀行と同じように世界トップ企業としてのプレゼンスが高まってくるでしょう。実際に(i)農民には簡易保険に加入する際,一人当たり12元ほどの補助金を出しています。(ii)「社会保険法」を制定し,年金制度を整備し,若いうちから安心してマイホーム建築や生活必需品の購入を促進させて,高貯蓄率を緩和させようとしています。(iii)減税といった所得増加策も検討されています。」

熊谷氏 「中国の一人っ子政策による老齢化,それに伴う養老問題は社会問題として浮上してきて,保険市場が大きなビジネスとして想定されています。日本の場合,世界に先駆けて少子高齢化社会に取り組むことで,優れた保険サービスを作り出しています。このノウハウは,少子高齢化保険サービスの先駆けとして社会ニーズがあるのではないでしょうか。また,近年,地震や雪害など大きな災害発生により国民の保険加入意識が向上していますし,政府の社会福祉促進が未だ不十分ですので,商業保険に対するニーズが増加します。都市化が進展し,国民の可処分所得が増え,消費構造のグレードアップにより保険加入者が増加することは言うまでもありません。」

 なるほど,日本の少子高齢化をビジネスノウハウとして輸出するという,逆転の発想があったわけだ。