もしかすると、一つ一つのヒト素子が“匠の技”を持つ必要はなくなり、普通のヒト素子が数多く集まることで処理能力を高め、さらにそこに機械の素子を加えることで、匠の技を超える可能性があるのではないか。

 そうした環境を想定したビジネスは、多くの分野で既に始まりつつある。

 例えば、リクルートが1年半ほど前に始めた「C-team」というプロジェクトがある。Webサイトのバナー広告のデザインを、ネットで一般公募する取り組みだ。

 審査に通った多くの応募作を、とにかく出稿先のWebサイトに次々と表示する。その中で、評判のよかったもの、つまりクリックされることの多いものなどの表示頻度を上げていく。最終的にはどのような広告を、どのような組み合わせで表示すれば、効果が高まるかが自動で分かる仕組みだ。

ITの本質が生み出す、新しい“生命体”

 こうした取り組みをさらに一歩進めたら、どうなるだろう。世の中では決して高い評価を得ていないクリエーターたちに、宣伝コピーや画像といった大量のバナー広告用の素材だけをバラバラに作ってもらう。ユーザーの反応を学習しながら素材の組み合わせを自動で考え、進化する遺伝的アルゴリズムを用意する。

 もし、超有名クリエーターが作成したバナー広告よりも効果が出るバナー広告が生成できたら、大量の平凡なクリエーターとソフトウエアのタッグが匠の技を超える瞬間である。広告に限らず、商品のバイヤーでも、企画でも、営業でも、同じ仕組みが成り立つ可能性はある。もしかしたら、商品開発の技術の世界にも…。

 ヒトはもはや、ソフトウエアに入力を提供する素子であり、かつ計算を担う素子である。そして、そのソフトウエアの出力から影響を受ける存在にもなりつつある。同時にソフトウエア自体も素子となり、ヒトとコンピュータが協調する世界になるのだろう。

 今、私たちは、ヒトとコンピュータが融合した新しい“生命体”の出現に立ち会っているのだ。