「面白い」や「興味深い」といった感情を「ゼロ」か「1」かでやり取りする様子は、脳細胞と同じような素子としてのヒトがネット上に存在しているイメージに近い。

 もちろん、単に転送するだけなので、最初のつぶやき(情報)がそのまま伝搬されるにすぎないが、そもそも脳の仕組みの根源も実はその程度である。単に発火するだけの脳細胞がたくさん集まることで、全体として複雑なヒトの思考や知恵を生み出している。同じように、大量のユーザーがReTweetしていくだけでも、ネット・ユーザー全体でみると、世論とでも言える思考を生み出す――。そんな可能性があってもおかしくないだろう。

 そう仮定すると、大多数は単にReTweetボタンを押すという作業しかしなくとも、全体として高度な思考が生まれることもあり得る。ネット上のソーシャルグラフが登場する以前は、プロの仕事は取り組むヒトの専門家としての能力の高さが重要視されてきた。つまり、一つの素子が優れていることが重要な条件だった。

 しかし、ヒトという素子がネットのソーシャルグラフで結ばれることで、単体のヒト素子の処理能力は小さくてもよくなっているのかもしれない。全体として機能すれば高度な処理が可能だからである。

 この集合体の中では、ヒトだけでなく機械も素子として働く。ネット世論を形成する過程では既に、ヒトと同じように機械も大きな役割を果たしつつある。

 ホットリンクがTwitter上の情報伝播の様子を分析した結果では、情報伝播が最も広く拡散するタイミングで大きな役割を果たすのは、実はコンピュータであることが多い。例えば、特定期間にTwitter上で多くつぶやかれたキーワードを抽出し、自動で投稿する「Buzztter」というソフトウエア(BOT)である。

ソーシャルグラフで変わる匠の条件

 うわさや口コミの伝播初期には、影響力の大きなアルファブロガーなどのつぶやきがキッカケになることが多い。その後、うわさの広がりが特定のしきい値を超えるとBuzztterを見たユーザーの反応が顕著になる。少なくともネット上では、既に人間社会の世論形成が、ソフトウエアの“発言”に大きく影響されはじめているのだ。

 同じように、ある期間に最も多くReTweetされた情報をつぶやいてくれるソフトウエアがあれば、それに影響されて情報伝播が広がる可能性がある。そのプログラムの知恵の源泉は、ReTweetという発火行動ということになるだろう。

 このシステムが機能するために必要な入力はヒトの思考である。ヒトは単にRTボタンを押すという反応をするだけで良く、それを分析・編集し、マスメディア的に広めているのはプロの編集者ではなく、ソフトウエアだ。そのソフトウエアの出力に多くの人が影響され、また別に思考する。

 これまで匠の仕事だと思われてきた編集という作業が次第に機械に代替されていく一つの例とも言えるが、別の見方をすると、ソーシャルグラフで結ばれたヒトという素子とソフトウエアという素子が全体として、新たなプロの技を創造しているようにも見える。