実は、新興国市場戦略を考えるにあたって、こうした顧客目線に立った戦略を推し進めている企業が、韓国のSamsung Electronics社である。同社では「品質は顧客が決めるものであり、メーカーが勝手に決めるものではない」という考え方が徹底しており、その結果として、顧客は価格によって異なる品質を求めていることを理解し、各国の顧客ごとに価格と品質レベルを変えている。

 これに対し日本メーカーは、メーカー側の「論理」で価格が決まる傾向があるようだ。以前のコラムで紹介した、元Samsung Electronics社常務の吉川良三氏は、著書『危機の経営』の中で、日本のメーカーは製品の価格はコストの「足し算方式」で決めていると指摘している。ある製品をつくるのに必要な部品代や加工代などを加算して、最終的な価格を決めることが多い。吉川氏はこうしたケースでは価格が高くなりやすいという特徴があるとして、こう書いている。

「現場が『この部品でなければ』とか『この材料でなければ』と強硬に主張しようものなら、それだけで製造コストが上がってしまいます。(中略)しかし、サムスン流ではこのような問題は起こりません。それは消費者の経済力など市場を見ながら最初に決められる価格が絶対だからです。つまり、この価格を実現するのが目標になっているので、その際に各部署が自分たちのこだわりや信念を主張する余地などないのです」(本書p.168)。

 また、そうした顧客や市場重視の考え方が良く表れているものの一つが、「体感不良率」という品質管理の指標である。これは、総販売台数に占めるクレーム件数の比率だ。通常の「不良率」は分子が不良件数だが(区別するため「絶対不良率」とも呼ばれる)、たとえ不良であっても顧客からのクレームにならなければ、体感不良率は下がらないのである。

 この「体感不良率」について、東京大学大学院経済学研究科の新宅純二郎氏らは、「顧客が『この製品は安いから、このくらい壊れても仕方ない』と納得していれば、体感不良率は下がり、市場に許容されていると判断されるわけである。低価格を志向する市場では、絶対不良率なら10%であっても、体感不良率は5%であるというようなことが起こる。体感不良率を見ることで過剰品質を避けようというのが、サムスン電子の考え方である」と書いている(関連資料)。

 この「体感不良率」と「絶対不良率」の違いは、前述した「安心」と「安全」の違いに似ている。つまり、「体感不良率」と「安心」の共通点は、顧客のあいまいな感覚であるということだ。顧客の感覚に従って安全性や品質を決めていくとなると、際限なくコストアップになっていくような側面ばかり想像するが、このSamsungの例を見ると、むしろ過剰品質を抑えてコストダウンになる有効な手段になっているようだ。

 その意味で、「顧客が決める」という方向に「転換」することは、「安全」や「安心」の問題を根本から考え直すと共に、今後の有望市場である新興国戦略を考えるうえでも重要なポイントになるだろう。そのきっかけまたは気付きとなった今回のリコール問題は、危機転じてチャンスであると前向きに考えたい。

■変更履歴
記事掲載当初,3ページ目の第5段落で「体積不良率は下がらず」としていましたが,正しくは「体積不良率は下がり」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。