Li資源は足りるのか

 レアメタルのなかで筆者が最も注目しているのがLiです。日本はこれまで「Liの資源量は200年以上あるので問題ない」と楽観視してきました。しかし可採年数というのは、確認可採埋蔵量をその時点における年間生産量で割った値に過ぎません。つまり、主に携帯電話機やパソコン用として現在使われている量をベースにした年数であり、インドや中国における需要の増加や自動車などの新たな需要については考慮されていない数値だということに留意する必要があります。

 元素番号3のLiは、軽くて電子を効率よく溜め込むことができるため、2次電池で使用するものとして理論上これ以上の物質はありません。実際に、現時点でLiイオン2次電池を超えるような有力な候補は出てきていません。一般的に、新しいものが商品になり世の中に普及するまでには最低でも10年はかかります。つまり、少なくとも10年は電気自動車やハイブリッド車向けの2次電池はLiが主流であり、その需要はこれから飛躍的に伸びると考えるべきです。

 世界の新車販売台数は、年間およそ6000万台とされています。しかし、新興国の人口爆発と経済成長によって自動車の需要が伸び続ければ、10年後の年間販売台数は中国とインドだけで1億台を超えるかもしれません。また、一般にはあまり知られていませんが、電動スクーターは中国だけでも年間2000万台以上が生産されています。さらに、原油価格の上昇や環境意識の高まりなどを背景に、小型の電気自動車やこれまでのカテゴリーには当てはまらない「電動モビリティー」が各国で普及していくだろうと筆者は見ています。

 自動車1台当たりの2次電池は、日本が試算の基準としているノートパソコン用のものと比べると、数十倍から数百倍の容量が必要です。世界で年間約6000万台生産されている現在の自動車だけを考えても、そのうち何割かが電気自動車やハイブリッド車になるとすれば、「200年ある」と考えられていたLiは、控えめに見積もっても20~30年程度しかもたないでしょう。自動車だけでなく、中国とインドで携帯電話機やパソコンの需要が高まれば、Liの需給逼迫はさらに加速すると考えられます。

資源ナショナリズムの広がり

 国が発展途上の段階では、外貨を稼ぐ手段が限られています。新興国は、資源などを輸出するために、山を削ったり川を汚したりして自らを切り売りするような方法をとってきました。その恩恵を最も受けていたのが、ほかならぬ「日本」なのです。しかし、経済が発展するにつれて、新興国は資源の輸出を奨励してまで外貨を稼ぐ必要がなくなっていきます。お金を出せば買える、という単純な市場原理は通用しなくなるでしょう。

 資源国(主に途上国)の立場からすれば、世界のために資源を輸出する「義務」などどこにもありません。資源国が、限りある資源を自国の発展のために最大限利用したい、と考えるのは当然のことです。国内で需要が増えればそれを優先するでしょうし、それを外交の武器として使うケースも増えていくと筆者は予測しています。米ドルという「貨幣」の価値が揺らぎはじめたことで、実物である「資源」が見直されていくでしょう。これからは「持てる国」が圧倒的優位に立つ時代となっていきます。

 資源国はレアメタルを「戦略物質」とみなし、輸出を容易に認めなくなってきています。中国は、2007年に外資系企業によるレアメタル探査・採掘への投資を禁止項目に加えました。一方、米国とEUは協調し、2009年6月に「中国が工業原料となるレアメタルの輸出を不当に制限し、国際価格の上昇を引き起こしている」とWTO(世界貿易機関)に提訴しました。このように、資源をめぐる国際的な緊張感は高まっています。

 米ドルの凋落に伴い、世界の経済圏は多極化が進むだろうと筆者はみています。通貨全般に対する信用が低下していき、安定性を重視するマネーが資源に流れ込む可能性が高いと考えられます。資源は、価格の変動こそあるものの、少なくとも価値がゼロになることはありません。将来的な値上がりを見越して、投機的なファンドも動き出すはずです。レアメタルを中心に、資源価格は中長期的には大幅に上昇するでしょう。世界経済の基軸は、もはや米ドルではなく、穀物や原油、鉱物などの資源に移り変わりつつあるのです。これから「資源本位制」の時代が始まり、資源ナショナリズムが強まっていくでしょう。

 日本の外交では、隣国である中国との資源をめぐる摩擦が増えていくのは避けがたいでしょう。そこにインドが加わってくると、アジア周辺における需給逼迫は一気に深刻さが増すと思われます。米国との関係は一層強化する必要に迫られるでしょう。日本の国際政治力では単独で資源を獲得するのに限界があるからです。また、資源の重要性が認識されるにつれて、ロシアとはごく近い将来、関係改善に向かうと筆者は予測しています。ロシアに強い指導者が存在し、資源価格が下がって経済的に厳しい今のタイミングは、関係を修復する絶好の機会でしょう。

 資源が枯渇するかという以前に、次々と資源の囲い込みが始まり、少なくとも需要を100%満たす供給は難しくなっていくと考えられます。これからの時代は、「世界の人々が求める全ての量を満たすだけの資源はない」ということが常識になるでしょう。理想論で言えば、足りなければ世界中の人々が少しずつ我慢し、平等に分け合うべきです。しかし現実には、豊かな国が自らの財産を貧しい国に分け与えて、世界を同じ所得水準にしようとはしません。足りなくなった場合は、まずは自国が最優先であり、その次は仲間内である友好国、それでもまだ余裕があれば世界に売る、となるのがむしろ普通の対応でしょう。