こうしたコメントから筆者が感じたのは、今回のリコール問題が、中国におけるクルマに対する安全性や品質を向上しようという意識を押し上げる効果があるのではないか、ということだ。それが、中国の自動車産業の構造や競争条件を変えるきっかけになるかもしれない。

 例えば、中国での農村部では、価格3万元(約45万円)前後の低速小型EV(電気自動車)が普及し始めた。「スモールハンドレッド」と呼ばれるように、これまで電動三輪車や電動自転車を造っていたメーカー、さらには農家出身者までが見よう見まねで参入してきており、1万元(約15万円)という超低価格車まで登場している(以前のコラム)。これらの低速小型EVは公道を走行する許可が下りておらず、農村部などで黙認状態で走っている状況である。

 今後の中国市場を考えるうえでこれらの低速小型EVや「スモールハンドレッド」が今後どうなっていくかが注目されるが、最近、走行安全性について問題視する声が中国でも挙がっているという。

 例えば、中国の自動車産業に詳しいデロイト トーマツ コンサルティングマネジャー周磊氏は、2010年2月12日に日経AUTOMOTIVE TECHNOLOGY誌が主催したセミナーにおける講演の中で、「低速小型EVは賛否両論であるが、業界の一部では走行・安全性能に劣るために普及を疑問視する声もあり、今後政府も規制を強める可能性が高い」と語っていた。

 さらに周氏は、現在中国市場でEVは、BYD社の「e6」や衆泰汽車の「2008EV」のような180万~400万円するハイエンドのEVと、前述の45万円前後のローエンドのEVに2極分化しているが、今後ハイエンドEVのメーカーは量産効果によるコストダウンを狙い、ローエンドのEVメーカーはその多くは淘汰されながらも技術蓄積によって、いずれのサイドもミドルレンジを狙ってくると見る。

 EVに限らず、新興国市場における日本メーカーの基本戦略は、顧客が上位車種に移行してくるのを待つことである。いつまでも消費者ニーズがローエンドのままだとこの戦略は厳しいが、所得が上がるとともに、安全志向が高まって、ローエンドからミドルレンジに上がってくれば、日本メーカーの出る幕も増えてくるだろう。

 もちろん、所得が上がるといっても、先進国並になるわけではないのでハイエンド領域で待っていては、いつまでたっても市場は攻略できないが、品質・安全性とコストのバランスをとってミドルレンジレベル領域までもっていけば成算は出てくるのではないか。

 すでに中国では、衝突安全性の低いクルマに対しては厳しく糾弾する世論が形成されるようになっている(以前のコラム)。今回のリコール問題はこうした傾向をさらに推し進める効果があるのはないだろうか。