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HOMEスキルアップマネジメント藤堂安人の「イノベーション雑記帳」「恐怖」をコントロールするということ

藤堂安人の「イノベーション雑記帳」

「恐怖」をコントロールするということ

  • 藤堂 安人=主任編集委員
  • 2010/02/12 14:00
  • 2/4ページ

 事故が恐怖のトラウマとなるというあたりは筆者のささやかな経験でも分かるような気がする。筆者は大学時代岩登りに熱中していたが、毎週のように岩場に通って大分上手くなってきたと自惚れていたある時、長野県のある岩場でオーバーハングしたところを登っていて、手にした岩が打ち込んだハーケンごと剥がれて墜落し宙吊りになったことがある。あと1本ハーケンが抜けていたら今こんな文章を書いていることもなかっただろう。

 幸い大怪我には至らずに済んだのだが、その後別の岩場で、ごく易しい場所でありながら体の芯から恐怖感が沸き起こってくるのを感じたことがあった。意識的には登ろうとするのだが、体がすくんでしまって言うことを利かないという感じである。その後、筆者にとっての岩登りはいかに恐怖心を押さえ込むかという課題を抱えることになって、結局目指していた領域までは到達できなかった。

 筆者に限らず、長年山登りをしている方は皆、多かれ少なかれそうした事故やヒヤリとした経験をしてきており、そこから沸き起こる恐怖心と戦い、折り合いをつけながら登っているようだ。事故を何度繰り返しても、その都度そこで生まれる恐怖心やトラウマを克服できた人間の中から、未踏の超難関ルートに挑み続ける山野井泰史氏のようなクライマーが誕生するということなのだろう。

 スビンダル選手も、恐怖のトラウマを克服できた稀有な選手だということのようだ。そのために、同選手がとった方法は、復帰第一戦に事故を起こしたビーバークリークを選び、あえてもう一度「事故」に向き合うことであった。事故現場そのものであるから、恐怖心は最高潮に高まるはずである。それでもスビンダル選手は、「心の安全装置を少しだけ外す」(同選手)ことに成功し、優勝を飾った。

 なぜ、スビンダル選手にはそんなことが可能なのか。鍛えているといっても同じ人間のはずだ。ひょっとして、恐怖心を感じないような特別な体質なのか…。筆者は一瞬そんなことを考えたが、番組ではスビンダル選手にしても強い恐怖心を抱いていたことが脳科学的に明らかにされる。

 スビンダル選手に、fMRI(機能的磁気共鳴断層撮影)(と思われる)装置に入ってもらい、事故現場であるビーバークリーク含めてダウンヒルコースを滑っている映像を見て、同選手の脳がどう反応するかを調べたのである。比較のために、ビーバークリークでの事故経験を持たない他の滑降選手のデータもとった。

 その結果、ビーバークリークの映像が流れた途端、スビンダル選手の脳の組織の中で、恐怖を感じるときに活動する扁桃体が他の選手よりも激しく反応することが分かった。これは、事故の記憶は脳の内部に深く刻まれているということであり、消え去ることはないという。事故を思い出すきっかけがあれば恐怖の感情は蘇ってくる。

 つまり、スビンダル選手といえども生身の人間であり、「怖い」という点では同じなのである。同選手は、沸きあがってくる恐怖感と戦い、コントロールする術を身につけたわけだ。

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