そしてもう一つ、こうした効果を積極的に使おうとしたのが軍隊だったとうかがった。調べてみると、「軍隊の強弱を決める要素として、兵隊一人ひとりが自身の死をも厭わない強靭な遂行力と絶対的な集団帰属意識を備えていることが挙げられる。歴史的にみれば、そのノウハウは兵士向けの教練カリキュラムの中に自然なかたちで組み込まれていった」ということらしい。

 近世になって、薬剤も利用されるようになった。映画の「クリムゾン・リバー2」では、第2次世界大戦中に兵士が使用していたアンフェタミンを発見し、それを服用するというシーンが出てくる。これを飲むと超人的なパワーを発揮し、痛みすら感じなくなるという設定だ。アンフェタミンは今日、「合成覚醒剤」に分類される薬物で、これよりさらに強い中枢神経興奮作用を示す覚醒剤としてメタンフェタミンがある。その商標名がヒロポンである。

 ガキのころ、電信柱に「三悪追放」などというポスターが貼ってあって、その中で「ヒロポンをやめよう」みたいなスローガンがよく書かれていた。一般公募で決まったゆるキャラの名前のようなこの何ものかが、どんな凶悪さを秘めているのか子供の私にはさっぱり分からず、「なぜなぜ攻撃」で両親を随分困らせたように思う。

 その正体を知ったのはオトナになってから。そもそも旧日本軍が備蓄していたものだが、それが終戦直後、一気に市場に流入し、人々が精神を昂揚させる手軽な薬品として蔓延したのだという。それで中毒患者が大量に発生、1951年には覚せい剤取締法が施行され、一切の使用や製造・所持が禁止され今日に至る。

 さすがに違法な薬剤を使うのはマズかろうということで、軍は「合法な」脳内麻薬へと興味の対象を移したというのが、取材に応じていただいたナゾの人物の主張だった。その研究がもっとも進んだのが冷戦下、ベトナム戦時下の米ソ両軍だったという。その過程で、脳内麻薬の分泌メカニズムはかなり明らかになり、その利用法についても多くのノウハウが得られたはずだと。

苦痛が快楽を促す

 「まあ一例として」ということでお教えいただいたのは、肉体に持続的な苦痛を与える方法である。すると、それを中和しようとするかのように脳内麻薬が分泌される。具体例としてよく知られているのが「ランナーズハイ」といわれる現象である。長距離を走るとつらい。しかし、そのつらさを和らげようとするのか脳内物質が分泌され、麻薬で「ハイ」になったような状態になる。それで苦痛は緩和されるわけだが、それが何度も繰り返されると脳内麻薬依存症、すなわち「ジョギングがやめられない」ところまで進行してしまうこともある。