その代わりに同社は、世界各国で消費者が求める製品が何なのかを、細部にわたって徹底的に追求しました。その結果、見事に市場の要求に即した製品を作ってきたことが同社の急成長を支えていると思います。同社のある社員は、サムスンの製品は「中国製より高機能・高品質だけど、中国製より高い」とネガティブに受け取られるのではなく、「中国製より高いけれど、中国製より高機能」とポジティブに受け取られるように、微妙なさじ加減をうまく行っていると言っています。今では、例えば有機ELの研究開発など、技術面でも部分的には日本より進んでいると自負しています。

 日本企業のようにサプライチェーンを閉じたビジネスモデルを採るサムスンでは、成長期の市場の波に乗り、各地の市場のニーズにうまく合わせることが成長の礎になっていると思います。これは液晶の供給を全て他社に頼るというオープンなサプライチェーンを築いているソニーのテレビ事業が赤字を脱却できないのとは対照的です。

 以上をまとめると、技術力、デザイン、ブランドだけでは成長の要因としては充分ではなく、サプライチェーンを単にオープンにするだけでもこれを解決できないケースもあるということです。

 次に二つ目の論点を考えます。他社と差別化したオリジナリティーのある製品・サービス戦略を実現するために、どのような施策を行っていかないといけないかという点です。

 サムスンの場合サプライチェーンは閉じていますが、逆に人的資源はオープンになっています。日本からも、日本企業をキャッチアップする過程で多くの人材を採用してきました。

 もちろん今では単なるキャッチアップのためではなく、先進的な研究開発のために多国籍の人材を抱えています。サムスンの技術開発の現場では、韓国語と英語を使用するという、日本企業よりもグローバルなダイバーシティー(多様性)を備えているのです。

 サムスンにあって日本企業にないものは、トップダウンによる迅速性とダイバーシティーでしょう。組織的には、日本的な終身雇用で保証されている社員と、身分の持続性の保証がなくいつ解雇されるかも知れない責任と権限を持たされた取締役という、一見相反する概念をうまく共存させているのも特徴です。実は彼らの本質的な強みはここから生まれているのではと思っています。先取の気風に溢れるシリコンバレーにあるアップルも、日本企業に比べて人的リソースのダイバーシティーが大きく、新しい戦略を次から次へと生み出すスピードを備えていることは言うまでもありません。

 これに反して日本企業の多くは合議制で、迅速な決定ができません。さらに今まではダイバーシティーを排してきました。確かにこれまではこのモデルで成功してきました。皮肉なことにこの結果、日本的な感覚から抜け出せず世界市場のニーズにうまく対応できなくなっています。

 日本は、全てを言わなくてもお互い分かり合える、世界でも特異な社会であると言えます。英語で表現すると、ハイコンテクスト(high context)の社会です。思考様式や歴史を日本人同士で共有してきたことが原因ですが、これから本当の意味でグローバル化を達成する上で、この構造が阻害要因になっていると思うのです。加えて、右肩上がりの時代に経験してきた成功体験から、よいもの、すなわち自分たちの考えるよいものは売れる、売れてきた、これからも売れるという思い込みかあるのです。これが、これから成長する国々の市場をうまくターゲットにできない大きな原因だと私は考えています。