つまり単純にサプライチェーンをオープンにするだけでは、価格競争に巻き込まれるばかりで、勝てるわけではないのです。日本企業は、やはりアジア諸国にない新しい差別化要因を用意するしかないと考えています。例えば、これまでにない製品コンセプトやビジネスモデル、サービスとの連携といった手段です。

 ところが、私が新しい発想に基づく他社にないオリジナリティーのある製品・サービスの重要性に言及すると、必ず反論されます。これもよく出てくる意見ですが、これは市場が成長曲線の右肩上がりにある場合や、企業の創業期や成長期に実現できることで、我々のように成熟市場でビジネスを行っている場合は難しいという声が聞こえてくるのです。

 それは正しいのでしょうか。

 右肩上がりの創業期・成長期の企業は、そのような立場にあるから創造力を発揮してオリジナリティーのあるビジネスモデルを作ることができるわけではありません。その逆で、これは創造力を発揮した結果のひとつだと考えるべきなのです。

 アジア諸国の企業は、必ずしも新しい発想に基づくオリジナリティーのある製品・サービスで勝負しているのではありません。しかし、サプライチェーンをオープンにして、そこそこの品質の製品を安価に製造するという新規のビジネスモデルを作り上げることで成長を果たしました。

 それをそのまま真似しても日本企業が勝てるとは思えません。付け焼き刃でサプライチェーンをオープンにしても、アジアの競合に勝つために充分なコスト競争力を得られるとは考えられないのです。重要なことは、差別化をどこで確実なものにして自社のビジネスモデルに活かしていくかであって、それを必ずしも得意でないコスト競争だけに求めるのは無理があると考える方が妥当です。

 アップル社のiPodの例を見てみましょう。iPodが市場に出てきた時期は、ポータブルオーディオは、小さく成熟した安定・成熟期であったと言えます。パソコンの周辺機器としてポータブルオーディオは発展していました。そこにiTunes Storeによる画期的なコンテンツビジネスと連動させたiPodが出てきたのです。

 みなさんご存知のように、iPodは価格競争力だけで市場を得てきたのではありません。今では、どちらかと言えば価格は高いが売れているという構図でしょう。

 iPodのハードウエア自体は汎用部品と技術を使っています。ただしiTunes Storeによるコンテンツ配信というビジネスコンセプトは、当時他社を凌駕するものがあったのです。こうした差別化要因があった上で、洗練されたデザインや若者をターゲットにした宣伝戦略が功を奏しました。これがiPodの競争力の源泉ということに異論はないでしょう。

 iPodのハードウエア自体のサプライチェーンはオープンです。しかし、その卓越したビジネスモデルの根幹を成す製品やコンセプト、デザインを生み出す仕掛け、つまり製品コンセプトの創造プロセスや重要なソフトウエア技術を、アップルは決してオープンにしていません。ここにiPodの強みがあります。つまりアップルは、新しい発想で創造したビジネスモデルで他社と差別化し、他社にないオリジナリティーを前面に押し出して、他社が先行していたポータブルミュージックプレーヤーの市場をあっという間に席巻してしまったと考えられるのです。

 もうひとつ例を挙げましょう。

 サムスンは基本的にサプライチェーンを閉じていて、かつ大幅な成長をしています。今までのサムスンは、技術面では先進国企業、特に日本のキャッチアップを追及していけばよかったと言えるでしょう。自らが基礎研究をしなくてもよかったというコスト面での優位性もありました。