以前に紹介した『ミトコンドリアが進化を決めた』(Tech-On!関連記事)によると、そもそも多細胞生物へと進んだきっかけは単細胞生物であるメタン生成菌がα-プロテオバクテリアという「エイリアン」を取り込んだからという仮説がある。これによって、個々の細胞が自己複製するよりも、複数の細胞が共生した方がより生存のためには有利な条件が生まれた。

 しかし、各細胞はもともと過去の「自由」な単細胞生物時代の「記憶」を持っているということなのだろう。個体全体の利益ではなく、自分のために猛然と自己複製を始めてしまう。がんとは、細胞が「先祖帰り」したものと言えるのかもしれない。

 ということは、がんは、生物が単細胞生物から多細胞生物へと進化する過程で抱え込んだ「宿命」であるとも言える。「多細胞生物が自己の再生産をするという繰り返しが生命の歴史そのもので、その延長線上にわれわれがいるということなのですが、その仕掛けそれ自体ががんを生んだともいえるわけです。その歴史があるからこそ、がんに捕らわれざるをえないという宿命を負っていると感じました」と立花氏は言う。

 「がんとは何か」を考えれば考えるほど、がん克服の難しさが浮き彫りになるが、それでもがんという「エイリアン」だけを叩こうという挑戦は続いている。立花氏がインタビューしたがんの研究者達は、50~100年後にはがんを克服することを目指していた。それは、確たる証拠というよりは「夢」のようであったが、そうした「夢」を追う努力の末には、いつかは完全に克服できる日が来ると信じたい。一方で、現在のがん患者はがんにどう向き合ったらよいのか。番組の最後に同氏が述べた言葉が心に残った。

「取材を通じて確信したことが二つあります。一つは私が生きている間に人類が医学的にがんを克服することはないだろうということ。もう一つは、だからそう遠くない時期に私は確実に死ぬだろうが、そのことが分かったからといってそうジタバタしなくてもすむのではないかということです。つまり、がんとは、しぶとすぎるほどしぶといもので、生命そのものが孕んでいる一つの避けられない運命であるという側面を持っているということです。そうであるなら、すべてのがん患者が、どこかでがんという病気と折り合いをつけなければなりません。私の場合、残り時間の過ごし方はいたずらに頑張ってQOL(人生・生命の質)を下げることではありません。取材で学んだのは、人間はみな死ぬ力を持っているということです。それは、死ぬまで生きる力があるといった方がいいかもしれません。単純な事実ですが、人は誰でも死ぬまで生きられるのです。ジタバタしてもしなくても死ぬまで生きられる。その単純な事実を発見して、死ぬまでちゃんと生きることこそがんを克服するということではないでしょうか」