「トカゲの尻尾切り」などと言われるが、トカゲは尻尾が切られてもまた生えてくる。イモリにいたっては同じ形の手足が生えてくる。人間はなぜそのような再生機能を持っていないのだろうか。言われてみると不思議な話だが、先日、iPS細胞研究の第一人者である京都大学の山中伸弥教授の話を聞いて、目からうろこが落ちる思いだった。

 山中氏は、2009年11月23日にNHKが放映した「立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」の中で、立花氏のインタビューに答えてこう語ったのである。

「再生能力というのは、がんになるのと紙一重だと思うんです。高い再生能力を持っているということは、同時にがんがすごくできやすいということなんじゃないか。だからどっちをとるかという究極の選択が進化の過程であった。(その結果)やっぱりがんはだめだと…。(中略)再生能力はなくてもなんとかなるが、がんになれば間違いなく死んでしまう。人間のように50年以上も生きるようになってしまうと、十数歳まで生きないと次の世代に子供を残せない。だからその十数年の間、がんを発生させない必要があって、そのために涙を呑んで再生能力を犠牲にしたのではないか、と一人納得して思っているんですね」。

 iPS細胞を実用化するうえでの最大の課題がiPS細胞ががん化してしまう点である。それはまさに「再生能力」と「がん化」のトレードオフの問題であり、進化の歴史そのものに対する挑戦でもあるわけだ。それだけ高いハードルを超えてこそ大きなイノベーションが達成されると言えるが、一方で筆者が興味深かったのが、「iPS細胞」と「がん」はそもそも「同じもの」ではないかという指摘である。

 山中氏は、iPS細胞の研究を進めるうちに、iPS細胞をつくるプロセスとガンが起こるプロセスが非常に似ていることに気づく。そもそも、iPS細胞は正常な細胞に四つの遺伝子を導入してつくられたものであり、そのうち二つはがん遺伝子であった。「命」を再生するiPS細胞と患者の命を奪うがんは、一見両極端のように見えるが、いずれもがん遺伝子が関与しているのである。「同じものの表と裏を見ているようなものではないか」と同氏は語る。

 がん遺伝子に限らず、がんは、人間が進化の過程で自らの生命維持のために獲得してきた遺伝子を使っていることが次々と明らかになっている。