20世紀は情報の時代と呼ばれた。18世紀の蒸気機関の発明時に,エネルギという概念が生まれ,20世紀には物質,エネルギ,情報という3階層の技術分類が幅を利かせた。今は2009年の暮れ,21世紀になって久しい。いつまでも,3階層では芸がない。

 21世紀初頭は物質,エネルギ,情報の再統合の時代に思える。流行りのグリーンITは,エネルギーと情報の統合化であり,電子タグは情報と物質の統合化である。現在の工場は原料や中間品を運ぶコンベヤやパイプが張り巡らしてある。それに並行して設備にエネルギを供給する電力線が張り巡らされている。さらに,「見える化」と称して設備機器の稼働状況を監視するために産業用ネットワークが敷設されている。これを20世紀型工場と呼ぼう。

 21世紀型は,この20世紀型を脱却しなければならない。情報化と並行した「生物に倣う」という技術トレンドを踏まえると,物質,エネルギ,情報の統合型が21世紀型となる。具体的には,血管である。ご承知のように,そこには酸素,ブドウ糖,脂肪酸などの身体に必須な物質およびエネルギ源が流れている。同時に,全身の情報,指令伝達を担う各種ホルモンが流れている。

 いやー,美しい。工場に電力線通信(PLC:Power Line Communication)や無線通信と合わせた非接触給電技術を導入すれば3階層は2階層に統合できる。先に述べたように電子タグも物質と情報を統合する別な2階層化の強力な武器である。そして,原料や中間品そのものがエネルギ源となるか,原料や中間品がエネルギ運搬を仲介すれば血管に象徴される一階層化も夢ではない。簡単な話,電子タグがエネルギを運べばよい。

 話を戻し,20世紀は技術者を3階層に分断した。21世紀は統合の時代である。分断したり,統合したり,切ったり,貼ったり,同じことの繰り返しに見える。しかし,貼った後は切る前と違うものになっている。これがコピペの文化である。さあ,技術者諸君よ。20世紀をカットしよう。そして,それを別な場所にペーストしよう。そこに21世紀が始まる。

 人を扇動するだけではお叱りを受ける。自ら範を示さなければいけない。ここでは,ソフトウエアのセキュリティと下水道管のセキュリティを同じ俎板に載せてみよう。前者は情報,後者は物質の話である。そして,ソフトウエアのセキュリティは,20世紀後半になって盛んに話題になっているホットなトピックである。しかし,下水道管のセキュリティは「ああ,無情」や「アルセーヌ・ルパン」などの小説にも出てくる古典的なトピックである。古典的といっても,現代でも要人警護にでは見逃してはいけない重要な事項の一つである.

 要人が来日される場合,下水道管のチェックは必須である。そして,マンホールと一般に称される出入り口に鍵が設けられる場合もある。いっそ,マンホールなど無い方が警備には都合がよい。しかし,マンホールがなければ下水道の維持管理ができない。その意味で,必要悪である。

 同じことがソフトのセキュリティホールにある。マイクロソフト社のWindowsは毎月,このセキュリティホールへの対策,つまりupdateが行われている。なぜ,こんなにホールが多いのか。もちろん,データ型チェックやデータのレンジのチェックをさぼったことに起因するホールもある。しかし,維持管理に必要なホールも存在する。維持管理に必要なホール,それはソフトウエアの作成やバグチェックに必要な機能である。正にマンホールと同じである。

 たとえば,ゲームソフトの開発途中や出来上がりのチェックのためには,ゲームを楽しむお客様と同じ手順で最終面に到達していては仕事にならない。設定した場所で設定したおまじないの言葉(パスワード)を入力すると適切な面にワープできるどこでもドア的な仕掛けが必須である。これは隠しコマンドと呼ばれている。下水道のマンホールである。もちろん,マンホールには蓋をする。製品ソフトにも蓋がある。しかし,ゲームを楽しむ人々は蓋を開けて下水道に侵入してくる。

 必要悪はマンホール,鍵を付けることが対策である。もっとも,沢山のマンホールに別々な鍵を付ければ,作業員の腰は鍵だらけとなる。多くの場合,共通の鍵を使っている。プロの持つ鍵はどこでも開いてしまう。場合によっては鍵がなくても開けなければならない。レスキューのプロにはピッキングツールが必須である。

 以上の状況はソフトウエアやインターネットの世界でも同じである。ソフトにはホールが必須である。そして,ホールに鍵をかけることが第一ステップの対策。しかし,ソフトのプロは共通の鍵やピッキングツールを持っている。第2ステップの対策は,蓋が空いたことの通知システムの構築や履歴の記録であろう。それでも,実は万全ではない。下水道もソフトの抜本的な解決法は,内部に違法な侵入者がいることの検知であろう。

 なかなかセキュリティの話は難しい。今回は,ここまでとしよう。ご理解いただきたいことは,最新の問題も過去から引き継がれてきた問題であることである。当面は,3階層の分断ではない。物質,エネルギ,情報の垣根を越えた統合化である。