ではいったい「快」や「不快」はなんのためにあるのか。『快楽の脳科学』によると、「それは、言うまでもなく、生存にとって必要なものを手に入れる可能性を増やし、有害なものに遭遇する可能性を減らすように行動を調整するためである」(p.78)。

 脊椎動物の脳には、こうした「快」「不快」の調整をしている神経系が広く分布しており、それらは「報酬系」と呼ばれる。「報酬系」は、生存に必要な体験を求める行動を起こさせるためのシステムである。

 例えば、動物や人間は、何か美味しいものを食べたり、異性と性的な接触をしたりといった体験によって、脳内のある部位が活性化すると、その活動が報酬系に伝えられ、ドーパミンが放出されることによって快感を感じる。それよって、再び同じ快感を得ようとして、同じ行動に駆り立てられる。

 ただし、このドーパミンと快感の関係はかなり複雑である。ラットなどの実験によって、美味しい食べ物を目にした時や発情したメスを目の前にしたと時には多くのドーパミンが放出されるが、それらを実際に自分の手にしたときにはむしろドーパミンの放出は減ることが分かっている。

 これは例えば日常生活でも、何か楽しいことを計画していたり想像している時が最も楽しく、実際に行動してみるとそれほどでもない、という体験でも想像が付く。冒頭で紹介したTPSのケースでも、ある目標を達成した後で、周りが褒める場を設定するということは、すでに達成されたことを褒めることによって、次のさらに高い目標が達成されたときのことを想像させて、ドーパミン放出をさらに促すという意味があるのかもしれない。

 さらに、人間が「快感」を生み出すメカニズムの複雑さや奥深さを感じさせるのが、報酬系は「快」というよりは学習能力の基盤ではないか、という説である。先述の『快楽の脳科学』によると、報酬系は、「気持ちの良いこと」ばかりではなく、ラットの尻尾をピンセットでつまむような嫌なことにも反応していることが明らかになっている。