例えば、100人の顔を並べた絵があり、99人が笑顔の中から一つだけある怖い顔を選ぶ作業は、その逆のパターンよりずっと楽にこなせるわけです。マシンでの作業の場合は、その両者での処理速度に差はないでしょう。同じ能力を持った機械が、人間の能力との比較で、ある時は「おぉー凄い!」となり、別のシーンでは「こんなに時間かけてこれっぽっちか!」と陳腐になってしまいます。視覚や音声の認知でしばしば出てくる問題ですが、道具の設計全般に関わる普遍的な機能探しの重要さを物語っています。

 そもそも論をすれば、「道具の習熟」とは楽しさの源泉です。難しいものほど習熟した暁に得られる報酬は大きくなる可能性を秘めています。ピアノやゴルフクラブを考えてみると明らかなように、楽器の演奏や多くのスポーツは道具を使いこなすことの楽しさを切り出す作業であり、道具を通して人が本来持っていた能力を再発見する喜びなのです。

 生活が便利になってくると、道具の持ち分も変化します。「近頃の小学生は小刀で鉛筆も削れなくなった」系の嘆き節はいつの時代にも語られます。同じ昭和の小学生がハマった遊びにベーゴマがありました。廃れかけていたセピア色な玩具でしたが、1997年にタカラトミーが開発したベイブレードは社会現象になるほどに盛り上がりました。画期的な工夫はシューター、ワインダーという道具を使った点で、初心者でもいきなり回せるようにしたところです。一方で、パーツを交換することで自分オリジナルのコマにカスタマイズする喜びは維持されていました。時代は変わっても、子供たちはより強いコマを作る作業、より上手に敵に当てるタイミングなどを習熟する作業に熱中しているのです。

(2)拡張性とカスタム化

 箸や筆、着物などの特徴として、色んなシーンに耐えられる柔軟性という視点で語ってきましたが、別の見方をすると、機能を付けたり変えたりできる性質とも言えます。技術用語では拡張性とかプラットフォーム的な性質と言います。

 話題のiPhoneは、さまざまに機能を切ったり貼ったりできる便利さに優れたプラットフォーム端末です。新しい機能を簡単に入れ替えできるソフトが優れているわけですが、その際の端末操作のインタフェースにも工夫がありました。可変のタッチパネルになっていて、その時々に最適化された操作画面に変身しているところは拡張性の恩恵をわかりやすく表現しています。実力を上げると同時に、そのありがた味をわかりやすく実感できる形に仕上げたところがヒットの所以です。ゲームなどのアプリ機能の入れ替えだけでなく、裏方のソフトの方も頻繁にバージョンアップを行っており、気がつくと性能や完成度が段々上がっているところも実は隠れた拡張性の賜物です。

 iPhoneのようにユーザーがカスタム化するための自由度をたっぷり残しておく製品、という考え方は今後重要になる方向性です。ウェブ上のコンテンツソフトの世界では、一足先にカスタム化が二次創作という名前でこなれてきています。ニコニコ動画に象徴されるように、コンテンツ界では2次創作による加工編集の価値創出シーンが花開いています。ニンテンドーDS向けのソフト界でも近頃話題のジャンルが「プチ創作」。自作のパラパラ漫画を作れる「うごくメモ帳」や簡単なゲームを創作できる「メイドイン俺」などの加工編集ソフトが子供たちの心を捉えています。人造世界に没入し、遊ぶのではなくゲームに遊ばれてしまうのではと心配されたこともありましたが、環境やツールさえ整えば、ヒト本来の創る喜びは触発されるようです。