第11回---すぐに製品化しなくても変形例を発明提案書に入れておく
新製品の開発プロジェクトはいよいよ大詰めです。忙しさのあまり,つい出願を後回しにしていた発明があったので,樋口くんは弁理士との面談を知的財産部のクミさんに依頼しました。会社の顧問弁理士である藤吉弁理士とクミさんと三人で打ち合わせをしたところ,藤吉弁理士から発明の変形例を追加したほうがよいと指摘され,クミさんからも「じゃあ,変形例の図面を来週までに用意しておいて」と頼まれてしまいました。発明提案書には,実施予定の製品についてきちんと書いておいたのに,なぜすぐに製品化するわけでもない変形例を挙げなければならないのでしょうか?
実際に弁理士と面談をしたことのある方には経験があると思いますが,面談では「ほかに考えられる変形例はありますか?」「これ以外に考えられる材料はありますか?」などと弁理士からしばしば聞かれます。以前も説明した通り,権利範囲を決める部分である「特許請求の範囲」の記載では,第三者に簡単にかわされないように実際の製品よりも上位の概念を用いて書かれています。すなわち,実際の製品だけでなく,さまざまな形態が含まれるようになっているわけです。
一方,特許請求の範囲に記載されていることは明細書中で開示されている必要があるとも説明しました。従って,特許請求の範囲では極めて広い権利範囲をカバーできるような記載にしたにもかかわらず,明細書では一例しか書かなかった場合,発明の内容を十分に開示していないとみなされてしまうことがあります。「発明の変形例を追加した方がよい」という指摘は,このような事態を避けるための方策なのです。
権威範囲は広めに
以下の例でもう少し分かりやすく説明したいと思います。「製品として実施するのは構成Aだけ。ただし,他社にマネされることを想定して変形構成B/C/Dも権利範囲に含まれるようにしておこう」と考え,特許請求の範囲をA/B/C/Dが含まれるような記載にしたとします。しかし,明細書にAしか書いていなかったら,十分に開示していないとみなされ,出願を拒絶されたり,権利範囲をAしか含まないものに狭めたりしなくてはならなくなる恐れがあります(出願後にB/C/Dの内容を追加記載することは認められません)。
特許権は出願から20年も存続するので,すぐに実施する予定がなくても,将来実施する可能性があるものも権利範囲に含めておくべきです。そうすれば,自分より後に出願した人が権利を取得するといった事態を防げます(これを「後願排除効」といいます。後願排除効については,次回詳しく説明する予定です)。さらに,「他社はこんな形でマネしてくるかもしれないな…」と思う変形例があれば,それも書いておく方がよいでしょう。他社製品が自社特許の権利範囲に含まれている可能性がある場合に,他社製品が自社特許の明細書の中で変形例として明示されていれば非常に有効だからです。ただし,変形例といっても明細書の文章中に一文追加する程度で説明できるもの(例えば構成部材の材質変更など)もあれば,構成が大きく異なるために図面を追加した上で明細書の文章中でしっかり説明した方がよいものもあります。ケースバイケースなので,どの程度説明する必要があるかは弁理士や知財部に相談してください。
追加実験が必要になることも
ただし,筆者自身もメーカー勤務時代に経験がありますが,新製品の開発プロジェクトが大詰めになると,特許ばかりに時間を使っていられませんし,追加資料の準備も負担に感じてしまいます。特に,データを開示することにより発明の効果を裏付ける必要がある分野では,新たに実験を行わなければならないということになりかねません。実験済みのデータを追記するだけならともかく,新たに実験を行うとなると多大な時間を費やすことになります。従って,弁理士から追加資料や追加実験を求められることも想定した上で,多少のゆとりを持って出願の相談をするとよいでしょう。
データの開示が必要な例としては,以下のようなものがあります。材料に関する発明で「成分Xを20〜60%含んでいる材料」の権利化を目指しているにもかかわらず,発明提案書では実験データとして成分Xが40%含まれているものだけしかないような場合,少なくとも20%付近および60%付近でも同様の結果が出ていることを明らかにするようなデータを加えた方がよいでしょう。さらに,20%を下回っているものおよび60%を上回っているものでは良い結果が得られないことを証明するデータも,比較例として欲しいところです。
以上,変形例の重要性を説明しました。弁理士から求められる前に,自分から積極的に変形例を発明提案書に記載しておくのもよいと思います。開発業務に忙しく,自分で考えた変形例を発明提案書にすべて書き切れない場合は,弁理士との面談時に口頭で説明するという手もあります。
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