「どうも人間は、生まれつき、正しいと証明できないことを信じるようにできているらしい。少なくとも、非常にそうなりやすい傾向があるようだ。何かを無条件に信じることが人間の心にとって重要なのだろう。自分を取り巻く世界について理解するためには、どうしても『無条件に何かを信じる』ということが必要なのかもしれない」(本書p.304)。

 「正しいと証明できないが信じること」という傾向は誰にでもあるが、そのことが「いい加減な実験や観察をでっちあげて『証明した』と言い張る」似非科学者を生む土壌にもなっていると著者は見る。原理主義的な宗教指導者と似非科学者は違ったものではあるが、「共通しているのは、人に何かを信じ込ませようとするところだ。どちらの、人間の脳の持つ特性が背景にある。私たちの脳は、何かを信じるように進化しているのだ」(本書p.307)。

 このように、人間の脳が、「物語」をつくり、しかもつくられた「物語」を信じるように進化してきたということは、本連載テーマのイノベーションを考えるうえでも重要な視点だろう。

 以前のコラムでとりあげた「暗黙知」にしても、脳の「物語作成機能」が関連していそうだ。マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』に次のような記述がある。

「私たちの身体は対象の知覚に関与しており、その結果、外界の事物すべての認識に参与することになる。さらに言えば、外界の事物の個々の諸要素はまとめられて相応の存在へと統合されるのだが、そうした何組もの諸要素を身体に同化させることによって、私たちは自らの身体を世界に向かって拡張し続けていくのだ。このとき私たちは、外界の諸要素を内面化して、その意味を首尾一貫した存在のうちに把握しようとする。かくして私たちは、幾つもの存在に満ち、ある解釈を施された宇宙を、知的な意味でも実践的な意味でも、形成することにある。」(p.56)

 マイケル・ポランニーが明らかにした人間が持つ「首尾一貫した存在からなる『宇宙』の形成」の機能は、脳科学の立場からも「物語作成機能」という形で「証明」されつつある、ということなのかもしれない。

 ビジネスの現場では、こうした人間が持つ「物語」を作り、それを信じる傾向をうまく「利用」することが大切になろう。製品やサービスについて、顧客に対してコンセプトという「物語」を提示することが大切だということはよく知られているが、プラットフォーム(関連コラム)の確立についても、重要な意味を持っていると思われる。

 それは「パラダイム」といってもよいものだろう。世界宗教が世界に広がったように、「物語」を信じる心にうまく訴えるプラットフォームをいかにうまくつくるかがポイントになるようだ。