『つぎはぎだらけの脳と心』によると、人間とは脳のレベルで「物語」を作ることを宿命付けられている存在のようだ。人間は各感覚器で外界の状況をありのままに写し取っていると思っているが、感覚器から脳に送られてくる感覚情報は途切れ途切れの取り留めないもので、それを脳が「編集」して足りない部分は埋め合わせて一貫した「物語」にしているという。

 例えば人間は、物を見る際に目がせわしなくあちこちに動く「サッカード」という現象を起こしている。しかし、私たちは眼球があちこち動きまわっているなどということは意識せずに、物の映像が普通に見えている。これは脳が、目が動いている間に送られる情報は無視して、この結果できた隙間を、目の動きが止まってから得られた情報で埋めているからだという。これは、「クロノスタシス」と呼ばれる。

 このクロノスタシスは、視覚だけでなく、感覚一般に広く見られる現象である。「そのまま情報を受け取っていては混乱が生じそうな時、脳は情報をシャットアウトする。そこで生じた空白を、後から得た情報で埋めるのだ。この機能により、脳は私たちに首尾一貫した、意味のある物語を見せることができる」(本書p.130)。

 こうした脳の「物語作り」は、サッカードのような低次の感覚情報の操作だけでなく、高いレベルの知覚や認知でも行われているという。

 そのことは脳に損傷を受けた患者の観察によって明らかにされている。例えば、海馬(記憶に関わる器官)が損傷することにより起こる「前向性健忘」という病気がある。この病気にかかった患者は、ある時点より過去のことに関する記憶には問題がないが、最近の出来事に関する記憶を蓄積することができない。この患者に、「昨日何をしていましたか?」という質問をすると、昨日の記憶はまったくないにもかかわらず、多くの場合、古い記憶の断片を継ぎ合わせて、首尾一貫した詳細な物語を「でっちあげる」。これは、決して患者が自分の意思によってしていることではなく、脳が勝手にしていることだという。

 さらに、脳の中でも、左脳が勝手に物語を作っていることまでが、分離脳の手術(脳の左半球と右半球をつなぐ軸索を切断)を受けた患者の観察などで分かってきている。

 この左脳の「でっちあげ=物語作成機能」は、誰でも「夢」という形で経験している。人はなぜ夢を見るのかについては分からないことも多いが、本書ではその有力な解の一つとして、起きている時に経験したことについての記憶を統合、定着させる説を紹介する。起きている時には多くの感覚情報が入ってきて脳の資源が足りないので、夜にシフトして効率的に脳の能力を使おうとしているというのである。

 夢には何かに追いかけられたりといった怖いものが多いが、この「記憶の統合・定着説」はこれをうまく説明する。起きている時、人は恐怖や不安などの負の感情に関する記憶が定着されやすいのはよく知られている。これと同じように、脳は、寝ている時に負の感情を無理やり引き起こして、それを元に「物語」を組み立てる。この「物語」が夢となって現れると考えるのである。