最近、飲み会に先輩が誘っても、アッサリと断る後輩が多いとか。そう聞いて、何を言ってやんでェ、強引に連れて行けばいいじゃないか。そう言ったら、それがパワハラなんだとか。ねェ、イヤなご時世じゃありませんか。先輩が誘っているのに断るなんて、アタシの若い頃なんざァ、先輩命令は社長命令よりも重いてェもんですよ。

 大体、職場を離れて、ホンネで話す、時には教育的指導もあるだろうし、いい意味での理不尽を身体で覚えさせる、そんな場だったのですよ、飲み会なんてもんは。確かに、おじさんたちが酔うてェと、ダラシはないし、そりゃあクドイかもしれないが、連れ出して、奢(おご)りで飲ませるわけだから、そこにある意味、経済的な支援とか、たまには旨いものを食わしてやろう、そんな愛情てェもんがあることを、分かんなくちゃあいけねェんです。

 いい意味での理不尽、深いのですよ、この意味も。何ィ、学生時代によくやった一気飲みと同じじゃあないかって?冗談じゃあねェ。社会人になってから一気飲みなんざァ、酒に失礼。考えてご覧なさいナ、先輩が酒に誘うてェことは、単に酒を飲みたいからじゃありません。酒を飲んで座をほぐし、ストレートに言っちゃあそれでおしまいてェ話を、若い者に教え、伝えようとしているんですよ。

 例えば、お客様との会食のマナー。お客様が箸(はし)を付けるまで、絶対に先には食べない。なのに、配膳された途端に「イッタダキマッスゥ」。鍋なんぞを囲った時には、お客様を差し置いて、しかも直箸(じかばし)で、真っ先に手を出す。アタシたちは先輩から教わって当り前のことが、テンで分かっていない、そんな若いシト、多いんですョ。第一、今時の家庭や学生時代の付き合いで、躾(しつけ)なんざァ出来てるわけがない。食べ物の好き嫌いは当り前の野放し状態、親や先生との会話もタメグチで、そのまんま、社会人になっただけのシト。それじゃあ、ちょっとかわいそうじゃありませんかねェ。だから、そんな当たり前のことを職場で言っちまったら、それこそ恥をかかせることになるてェもんで、そこをやんわりと、むしろ、相当の配慮をしてるつもりなんですよ。

 だから、世間の常識を教えてあげようってェ時に、やれ用事があるの、プライベートの時間が欲しいの、おい、お若いの、何を言ってやんでェ。今まで、てめえの都合で生きてきて、これからもそれでうまくいくと思ったら大間違い。ビジネスてェのは、ムリ偏にゲンコツが当り前。大体、この世で一番我がままなのはお客様なんだから、そのトレーニングという意味もあるんだ。何を言われてもニコニコとお客様に頭を下げる、そんなこたァ、ビジネスマンの、あったりめェの常識だィ。まずは相手の都合に合わせること、それが理不尽の第一歩てェもんですよ。

 ところで、もう少しで定年のアタシにまだ理不尽な経験があるかって? いやね、言いたかァないが、あるのですョ、これが。実は、くだんの経企室のお局(つぼね)、そうそう、経企室一筋30年の、あのシトですよ。そのお局に誘われたんです。そろそろ、次郎さんも落ち着いただろうから、歓迎会をしてやろう、そういうことになったのです。ヤレヤレ、いつの間にやらファーストネームで呼ばれるようになっちまいましたが、何せ、お局ですから、平和が一番。もちろん受けましたよ、お誘いを。

 さて、飲むほどに酔うほどに、このお局、強いといえば強いのですが、クセが悪い。一体、この時代に,お酒を注いで一気に飲み干し、その杯でご返杯。懐かしいけど、今どき、女性がやるかァ? しかも一升を超して。

 アタシとしては、昔取った杵柄(きねづか)。酒の飲み方には経験と自信がありますから、付き合ったんですが、これがかえってアダになっちまったんです。もうこれ以上、飲んだらマズイ、そんな状態になったので、「さあ、そろそろ中締めにしましょうャ」。お局、相当酔いが回って、もうロレツが回らないのに、「何よォ、もうおしまい? 冗談じゃないわよォ、これからが本番なのにィ」。もう、どうしようもなくなって、「とにかく、おしまい、さあ帰りましょう」。そう言ったら、お局のお言葉がズシリと来たんでさァ。「おい、次郎。先輩の酒が飲めないって言うのかい!」。……ヤレヤレ。

 おい、お若いの、分かったかい。先輩の酒は、イヤでも何でも、しっかりと飲まなくっちゃいけねェんだ。