これに対して、電気自動車では事情がガラッと変わり、いよいよクルマが“パソコン”になる条件が整ってきたように見える。電子部品の比率が高まってデジタル化が進むことから、擦り合わせの要素をモジュール内に押し込めるカプセル化が容易になるからだ。半導体が擦り合わせ要素を吸収することによって、標準品や互換品としての完成度が上がり、外部調達のメリットが出てくる。

 ここで言う「デジタル化による擦り合わせ要素のカプセル化」は、例えば、液晶テレビを例にとると分かりやすい。本来、液晶テレビは、日本メーカーのような垂直統合型のメーカーが、液晶パネル、液晶ドライバIC、画像処理LSIといった部品を内製またはカスタム品として調達し、部品間の相互依存性を解決しながら設計していた。しかしその内、台湾のMedia Tek社などの専業の画像処理LSIメーカーが登場し、デジタル制御技術を使って,さまざまな液晶パネルに対応できるようにパラメータリストを提供し始めた。パラメータリストの中から採用したパネルに最適なものを簡単に見つけられるようになったのである。こうして、液晶ドライバICを組み込んだ液晶パネル・モジュールと画像処理LSIの汎用品が市場に流通することになり、中国メーカーなどの新興メーカーであっても、これらの基幹部品を買ってきて簡単に組み立てるだけで液晶テレビをつくれるようになった。その結果、液晶テレビはコモディティ化し、価格下落が一気に進んだ(以前の関連コラム)。

 同じようなことは、電気自動車でも起こり得る。前述の日経ものづくりの9月号の特集では、「ある車両に少し大きめのモータを積んでも、制御によって出力を調整できる」という自動車メーカーの見解を紹介している(p.49)。これは、部品の共通化が進むとともに、モーターなどの基幹部品の標準化と互換化が進みやすくなり、外部調達化が可能になることを示唆している。

 実際、ノルウェーThink Nordic社は,この5月に電気自動車のモーターやLiイオン2次電池やを制御するパワー・コントロール・ユニット(PCU)を外販すると発表した(Tech-On!関連記事)。同社のPCUを購入すれば,モーターやLiイオン2次電池をさまざまな種類の中から選択して組み合わせても,電気自動車が製造可能になるとしている。これは、PCUとともに、基幹部品であるモーターや2次電池の外部調達化も推し進める可能性を秘めている。

 もちろん、こうした市場に出回る標準・汎用品の組み合わせで、自動車に要求される品質、安全、環境基準などが満たされるかどうかは未知数だ。ただし、それを決めるのは各国の顧客、国民であり各国政府である。日本や欧米などの先進国ではハードルは高いが、新興国はハードルが低くなる。インドや中国で近年注目されている2輪車や3輪車のアップグレードとしてのクルマには「汎用品の組み合わせで十分だ」という判断も出てこよう。

 日本のエレクトロニクスメーカーは、基幹部品が外販されて外部調達によって簡単に組み合わせればそれなりの製品ができてしまう状況下で、内製にこだわるクローズな開発スタイルを採ったことから、グローバル市場で競争力を下げた。こうした、「オープン・モジュラー」な世界では、これまでの単品としての製品を造って売るという「単品ビジネス」では収益を確保できない。そのためには例えば、以前のコラムで見たような、「インテル・インサイド」や「アップル・アウトサイド」といった戦略が必要になる。

 このうち、米Intel社がやったこととは、前回のコラムで見たように、各構成要素の複雑度が上がった状況下で、業界の力を結集して、モジュールやプラットフォームの中に摺り合わせ要素を押し込み、外部とのインターフェースを標準化して、互換性をもたせたことである。つまり、複雑で擦り合わせ要素が大きいほど、カプセル化したときに真似しにくいブラックボックス領域を確立できる。

 前述の電気自動車におけるPCU、モーター、2次電池についても、今後安全性や環境対応などの制約条件が強まれば,各部品間の相互依存性が高まり設計は複雑化していくだろう。それらをうまくカプセル化したプラットフォームを確立する最短距離にいるのは、欧米メーカーではなく、技術力のある日本の自動車および部品メーカーではないだろうか。

 「インテル・インサイド」は部品ビジネスだが、「アップル・アウトサイド」は完成品ビジネスのあり方を示唆している。iPodが単なる携帯端末というレイヤーにとどまることなく、iTunesというコンテンツビジネスのレイヤーを組み合わせてビジネスモデルを確立した。電気自動車という完成品自体がコモディティ化しても、こうした別レイヤーで収益を上げられる可能性は多くあり、まだ誰も覇権を握っていない状況ではビジネスチャンスだと言える。

 もちろん、電気自動車が本格普及するかどうかは現状では電池価格の問題もあり不透明だ。日本の自動車メーカーが培ってきた社内およびグループ内で擦り合わせ的にものづくりを進めるスタイルは今でも小型エンジン車では圧倒的な優位性を持っている。このものづくり能力は維持したまま、新しい電気自動車時代に適応した能力を蓄えていって、ソフトランディングしていくのが理想だろう。

 この二つの能力は一見正反対の特徴を持っており、両者を同じ会社が培っていくことは相当に難しいことだろう。ただ、中身をよく見ると両者は表裏一体という面もある。例えば外見からは擦り合わせ型に見える日本の自動車メーカーのスタイルも中身はモジュラーデザインであり、モジュラーデザインに見えるIntelのプラットフォームの中身は擦り合わせ型のノウハウが詰まっていたりする。そう見ていくと、二つのスタイルの並存は決して難しいことではないような気もするのだが・・・。