日本文化における「○○道(どう)」の世界はプロセス重視。結果でなく心身を「修練」するプロセス自体が目的であると明確に位置づけています。茶道や華道から弓道、剣道、柔道などみなその考え方に基づく哲学があります。伝統的なものにとどまらず、カラオケ道から蕎麦打ち道まで、さまざまに「道場」が用意され、そこでは道の精神を大事にしています。

 薬学とメカトロニクスの発達は、人間の肉体から抵抗力を削り、その分脂肪を増やしてメタボ化を進めてきました。精神活動の分野においても、便利な情報処理技術は五感の感性や思考力を支援するが故に結果的にますます人間を甘やかしています。その埋め合わせのようにルームランナーでダイエットをしたり、脳トレ・ゲームソフトで脳を鍛えたりする作業はマッチポンプの図式になっていますが、それは昨今最も成長が期待される予防医療市場でもあります。「健全なる魂は健全なる肉体に宿れかし」と古代ローマの偉人は言いました。身体や心を甘やかすための技術の時代を卒業し、身を律する機能にアドレスすべき時ではないでしょうか。

 そのための動機付けを考えることが「機能」の創造であり、商品企画の鍵となる部分です。ゼロサムなものからプラスサムなものまで思いつくままに並べると、「恐怖を煽る~えさで釣る~競わせる~仲間とつながる感~自己達成感~社会貢献感を引き出す」というようにあの手この手での修練への動機付けはあり得ます。

 欧米風の競争原理を少し強化しようとしただけで、格差問題が大炎上して長い自民党の歴史が一気に瓦解したくらい穏やかな国民的体質が私たちにはあります。一方で「道」の原則である、結果でなくプロセス重視、プロセスに必要な修練の心を重んじるストイックな人生観があります。これら両者には何か日本ならではの通底するものを感じます。勝って差をつけることが目的ではなく、修練すること自体が目的なのです。日本ならではの、技術が仕えるべき「機能」の大事な方向性のヒントがここにあると思うのです。

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社プリンシパル。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社,2008年(第8回)日経BP・BizTech図書賞受賞)がある。