コラム

物ばなれ

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2009/09/14 14:00
新 誠一=電気通信大学教授

 大学で教育を担当していると学生さんの物ばなれの激しさを痛感する。同世代の叔父さま達と飲み屋で会話すると,紙テープだ,ドラムメモリーだ,真空管だ,キャブレターなどの物の話題で盛り上がる。酔いを醒ますようで申し訳ないが,学生さんには全く通じない話題である。学生さんはレコードもカセットも知らない。過去の遺物である。そう,フロッピーディスクも死語である。

 物を知らないと学生を非難することは容易い。しかし,無知は彼らの所為なのだろうか。否,否,否。物からソフトへの流れはハンドアッセンブルをこよなく愛していた叔父さま達が作り出したものである。合わせて,トランジスタ,IC,LSIというダウンサイジングは真空管の分かりやすさを破壊した。

 子供時代に壊した玩具,時計,ラジオ。学生時代に触った自動車に,マイコンに旋盤。それが,今日の私の肥しである。しかし,今は全てが隠ぺい化されている。自動車のボンネットを開けてもエンジンは見えない。瀟洒(しょうしゃ)なエンジンカバーに隠されている。苦労してカバーを外しても,効率よくパッケージされたエンジンルームには手を入れるスペースもない。触るなと機械が人を拒絶している。

 それは,デジカメ,パソコン,ゲーム機,皆同じである。開けては駄目だと警告が並ぶ。警告を無視して開けても,見えるのは黒いゲジゲジのようなLSIだけ。しかも,高密度実装されているために,目がついていかない。それ以上に,ソフト化は機械の隠ぺい率を上げている。眺めていても動作が理解できない。

 実は,物の動きが分からないのは学生さんだけではない。プロの技術者も分かっていない。コンピュータ化,ダウンサイジング化以前の時代を引きずっている50代以上の叔父さん達がかろうじて分かる最後の世代である。しかし,もうすでに絶滅種である。

 医者の世界では既に絶滅している。昔は問診,聴診が主であった。今はすぐに血液検査である。2時間待たして5分診療。患者の話を聞いている時間はない。それ以上に医療訴訟が怖い。問診,聴診の土台はカンと経験である。確固たる数値はない。それでは,法廷で弱い。そこで,説得力を持つのは白血球数であり,γGTPである。だから,患者の顔を見るより,証拠となる検査,検査である。

 お医者様を批判できない。維持管理を担当する昔の技術者は目で見て,音を聴き,臭いを嗅ぎ,手で触った。場合によって味まで確かめた。今は,機械に触ることもせずに,テスターの数値を確認しているだけである。それは,研究開発を担当する技術者も同様である。

 そのような現状で,学生さんに物を見て,触れと言うだけでは解決にならない。もちろん,IT技術を駆使したCAE(Computer Aided Engineering)の製品が奔流のごとく販売されている。いわゆる開発ツールである。これは一つの解決策である。確かに,ツールは便利である。しかし,物を知らない学生にツールを与えても,ツールに振り回されるだけである。

 根本的な解決には,叔父さま達の知識を活かさなければならない。彼らの足跡を辿る必要がある。まずはコンピュータ抜きの手作業を経験し,それから自動化のシステムに至る道である。もちろん,叔父さま達と同じ時間をかけることはできない。叔父様の40年を長くても4年,できれば3か月で経験させなければならない。

 これは大学教員の仕事である。自分に喝! 大学人の自慢の理論と体系で,まずは40年を4年に圧縮しなければならない。もちろん,立派な技術者である叔父さま達の協力がなえれば達成は困難である。

 戒名は高い。しかし,故人の人生を数語の戒名に集約させるお坊様の智慧の対価と認識すると相応なのかもしれない。叔父さま達にお願いします。皆様の技術者人生の戒名を考えてください。「なになに院なになに居士」。戒名では縁起が悪いと思いの方は,「わかし→いなだ→わらさ→ぶり」と出世魚形式も面白い。「初級,中級,上級,熟練」では中が見えない。その時々の戒名を当てはめて,皆様の技術者人生を出世魚形式で表現してください。それをまとめて,学生さんに技術者人生が見えるようにしたい。それは,同時に隠ぺい化された技術の可視化にも繋がると考えている。母親の胎内では,数十億年の生命の進化を10か月で倣って新しい命が誕生する。40年を3か月,あながち無理な要求ではないと考える。

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