皆様より本コラムに対し様々なご意見を頂戴しています。本当にありがとうございます。皆さんのご意見をうかがうことは非常に刺激になりますし、こういう議論がもっと盛んになれば日本ももっと変わっていけると肌で感じることができました。

 非常に多くのご意見を頂いていますので、一つ一つにしっかりとお返事出来ず大変心苦しいですが、すべて目を通していますので、ぜひこれからもご意見をお送りください。

 いよいよ私たちクオンタムリープが主催するフォーラムが来週(14日、15日)に迫ってきました。皆さんから頂いた意見もぜひフォーラムの議論の中で触れたいと思っております。もし登録したいとお考えの方は9月11日の18時まで受け付けできますので、Asia Innovation Forumウェブサイトよりお申し込み下さい。

 さて、前回のコラムは新しい産業の定義を書きましたので、今回は自動車業界を例にとって事業の再定義を考えてみたいと思います。電気自動車「エリーカ」を開発していた慶應義塾大学環境情報学部の清水浩教授については、ご存じの方も多いと思います。その技術をベースに、電気自動車の駆動システムやプラットフォームの技術開発・提供を行う会社、シムドライブ社が立ち上がりました(Tech-On!関連記事)。すでに報道されていますが、同社の顧問となった僕も、報道発表会にのぞみました。

 シムドライブ社の大きな特徴は、自らが電気自動車の製造や販売を行うのではなく、先進技術をモジュールとして提供していくことです。そうすれば、巨額の開発費用や長期に及ぶ開発期間なしに、電気自動車が作れるようになります。オープンプラットフォームの考え方で、電気自動車の普及を目指すという、まったく新しい発想の企業といえます。

 考えてみれば、自動車の個人的な価値は数十年にわたって、ほとんど変わってこなかったのではないかと思います。自動車は今なおステータスであり、資産であり、高級品であり、高付加価値品であり、大切に使うもの、という意識が非常に強いのが日本です。ところが1970年代のフランスでは、すでにそういう発想はなくなっていました。

 ソニー・フランスに駐在していた僕は、ある雪の日、坂道を車で上っていました。ところが、前の車がスリップして止まってしまったのです。運転手は窓を開けて僕に向かって言いました。そのまま、あなたの車で後ろから押してくれ、と。僕はバンパーを前の車にぶつけ、押し上げました。すると運転手は「どうも、ありがとう」と一言残し、当たり前のように走り去りました。僕の車のバンパーはへこんでしまいましたが、そんなことは誰も気にしないわけです。

 もしかしたら電気自動車の登場は、自動車というものを新しく定義する機会となるかもしれません。これまでのような自動車のイメージが、一新されるかもしれない、ということです。ゴージャスな車ではなく、ゴルフのカートのようなものが、ゆったりと街中を走っていく光景が当たり前になるかもしれません。

 ただ、その転換が既存の産業にとっては脅威であるのも事実です。だからでしょうか、報道発表会はこれまで味わったことのないような微妙な雰囲気でした。期待をされているような、されていないような…。しかし、「ルールブレーカー」的な存在には常にこの空気がつきまとうもの。発表会は非常に面白い経験でした。

 偶然にも同じ週に、僕は東京大学名誉教授の清水博先生が主宰されている「場の研究所」のの議論に参加したのですが、思想界でもアメリカに資するか、ヨーロッパに資するか、といった発想ではなく、異なるものを二つ組み合わせ、まったく新しいものを作っていくことが必要だ、という議論が活発化しています。

 二つに共通しているのは、「おそるおそる」踏み出してみた、ということだと思っています。ともすればビジネスでは、準備に準備を重ねて、華々しく自信満々で出ていくほうが賞賛されるのかもしれません。でも、僕は「おそるおそる」でいいと思うのです。華々しくなくていいのです。むしろ今の時代に問われているのは、「おそるおそる」いろんなことをやってみることではないか、と。それが、いろんなものの再定義を呼び込み、新しい可能性を生む。

 折しも政治が民意によって大転換しました。でも、一気にいろんなことを変えていくのは、簡単ではないと思います。だから「おそるおそる」いろんなチャレンジをしてみてほしい。「おそるおそる」を恥ずかしがったり、かっこ悪いと思ったりせずに。そこからしか、物事は変わっていかないと思うからです。そもそも今回の選挙だって、個々人は「おそるおそる」だったと思うのです。

 最近、面白い話を聞きました。日本のティーンに人気のゴスロリファッションが今、フランスで大きな注目を浴びているのだそうです。すばらしい、フランスの最先端のファッションよりも面白い、と。フランスにはファッションの伝統があります。しかし、だからこそ、そこからなかなか抜け出せない。伝統が足かせになって、行き詰まりが始まっていたのです。ところが日本には、守るべき西洋ファッションの伝統はない。だから、突き抜けてしまった。そして、「おそるおそる」日本人が出したものに、フランス人はあっけにとられてしまったわけです。伝統が、世界に認められるという成功体験が少なかったからこそ、できた発想だったのではないかと思います。

 では日本は、日本企業は、フランスのファッション産業のようになってはいないか。成功体験が足かせになり、突き抜けた創造力が発揮できていないのではないか…。とんでもない可能性は、まだまだ潜んでいます。「おそるおそる」を、今こそやってみるべきです。(構成:上阪 徹)

同氏のコラムは,クオンタムリープのホームページにも掲載しています。