前回の失敗で傷心の樋口くんに汚名返上のチャンスが到来しました。前回と別の取引先に開発中の製品を紹介することになったのです。「同じてつは踏まない」と意気込む樋口くんは,今度は3次元モデルではなくあらかじめ手に入れておいた未発行のカタログを使って取引先に詳しく説明しようとしました。事前にカタログに目を通して,自分の発明の内容が記載されていないことを確認済みです。ところが,やはり上木課長に止められてしまいました。何が良くなかったのでしょうか?

イラスト:やまだ みどり

 「3次元モデルがダメでも,カタログならOKだろう」とは,樋口くんも考えましたね。確かに,発明の内容が製品の詳細な内部構造に関するものであって,外観を見たぐらいでは分からないのであれば,未発行のカタログを取引先に見せたとしても発明の新規性は失われない可能性が高いといえます。もちろん,カタログによっては内部構造まで詳しく紹介しているものもあるので細心の注意が必要です。ただし,今回のケースではカタログの写真や機能説明図,説明文などでは,発明の内容が明らかになっていないことを,樋口君が事前に確認しているので,問題はないと考えられます。

それでも慎重な判断を

 それでも,発行前のカタログを取引先に見せるかどうかに関しては,慎重な判断が必要です。なぜなら,カタログを見せることで自分の発明の新規性がなくならないとしても,樋口くんが把握していない別の発明がカタログに記載されていて,その発明の新規性がなくなる可能性があるからです。例えば,開発チームで製品の外観設計を担当している人がいたとして,新しい外装構成を開発したから出願しようと考えていたとしても,樋口くんがその外観の写真が掲載されたカタログを取引先に見せてしまうと,外観設計担当者の知らないところで新規性を失ってしまうことになります。このように,一つの製品には複数の発明者による複数の発明が含まれているので,カタログのような製品全体にかかわる内容が記載されているものを見せるかどうかの判断を,樋口くんのような担当者個人が判断するのは危険です。事前に上司と相談するなり開発チーム内で確認するなりの行動が求められます。

 上述のような「自分の知らないところで新規性がなくなる危険にさらされていた」という事態は,設計開発関連部門以外でも起こる可能性があります。ごくまれに耳にするのですが,例えば,営業や商品企画の担当者が,取引先に新製品の内容を見せすぎてしまっていたというケースです。新製品の内容をどこまで開示するかについては,設計開発以外の部署でも細心の注意を払っているのが通常ですが,部署間の伝達不足による認識の違いなどで,予定しなかった事態が起こらないとも限りません。このような事態を防止するために,普段から横の連携を密にしておき,設計開発関連部門から積極的に「ここまでは見せてよい」「ここはまだ見せないでほしい」という意思表示を行っておくと良いでしょう。このあたりの調整業務を行うのは課長以上のクラスが多いかもしれませんが,若手の技術者の方も十分に意識しておいてください。逆に若手の技術者は,自分の発明に関して「この部分については将来,出願したいと考えている」という意思を早い段階でしっかりと上司に伝えておくのがよいでしょう。

イベントの日程に注意

 ただし,新製品の実機やカタログを用いた大規模な商談やプレス発表などの日程はかなり早い段階で決められている場合が多く,自分の出願が終わっていないからという理由でこうしたイベントの日程を変更するのは,現実的にはかなり難しいと思います。従って,イベントで発明の内容が公表される場合,発表日の前日までに出願を完了するように早めに知的財産部門に出願依頼をするなど,しっかりと日程管理を行いましょう。

 何度か出願をしたことがある方は十分に理解されていると思いますが,通常,知的財産部に依頼・相談,弁理士と打ち合わせ,弁理士が明細書を作成,知的財産部と皆さんが明細書をチェック――といったフローを経た後で出願が完了します。特に出願期限を設けていない場合,知的財産部に依頼してから出願が完了するまでの期間のおおよその目安は,ケースによりますが,およそ2~4カ月程度と考えておいてください。急ぎの場合も,上述の検討やチェックを十分に行うには1カ月程度は欲しいところです。直前でバタバタしないためにも,早めの対応を行うのがよいと思います。ちなみに,筆者がメーカーの設計開発部に在籍していたときの話ですが,初めての出願時は特許について何も知らず,発表の直前になって「今月中に,対外的に製品発表があります」と言いながら出願依頼をしたので,知的財産部の方に怒られたことがあります。経験の浅い若手の方は,決してこうならないように気を付けてください。