叩かれた玉鋼は、再び火床の中に入れられる。
叩かれた玉鋼は、再び火床の中に入れられる。

 いずれにしても、鈴木が言うように、鍛錬することによって、十分に力を発揮する玉鋼は、適切に力を引き出せる技術者を必要とする、扱いにくい素材ともいえる。たたら製鉄の村下や、かつて心鉄などに使用する「包丁鉄」を作った大鍛冶たちに加え、小鍛冶とも称される刃物鍛冶、刀匠たちの鍛錬の技術次第で、出来上がりが良くも悪くもなってしまう。その傑作と失敗作との振幅の大きさが、平均して良い品物となる洋鋼との最大の違いといえるのかもしれない。

ふいごからの風の強弱に松炭は敏感に反応する。
ふいごからの風の強弱に松炭は敏感に反応する。

 「鉄は面白い、そして不思議なもんです。日本刀を作るのは手技なのに、まだ現代の科学や工業が超えられない面がある。そういった意味では、唯一の素材と言ってもいいかもしれない」

 刀匠の河内は、鉄の神秘性をそう表現する。ある時期、彼の仕事場に冶金学者が入り浸り研究をしていたことがあった。その一環として河内が焼入れした鋼の硬度を測定することになったが、どうしたことか、その鋼は理論値を超えた硬さを示したのだという。「私らにすれば普通のことをしているだけですけどね、その学者さんはえらい驚いておられましたよ」と河内は笑う。

鎚が振り下ろされた瞬間、大量の火花が飛び散る。
鎚が振り下ろされた瞬間、大量の火花が飛び散る。

 そもそも現代の金属学では、平たくして折り返した玉鋼が、叩くことで「くっついてしまう」ことさえうまく説明できないのだという。今もって理論は不明。それでも日本の鍛冶たちは、はるか以前から砂鉄と木炭から作られた玉鋼を、折り返し鍛錬し、硬く焼きを入れて鉄や鋼の秘めた実力を十全に引き出してきた。しかも、現代科学では説明すらできない水準まで。

 その技術を正統に受け継いできたのが、玉鋼を使いこなし、卸し鉄をなし得て、そして何よりも鋼を的確に選別できる目を持っている現代の刀匠たちなのである。(文中敬称略)