内部まで赤められた玉鋼の塊。表面には藁灰がまぶされている。
内部まで赤められた玉鋼の塊。表面には藁灰がまぶされている。

 刃文は刀身に描かれる模様である。刃の部分が強く焼入れされた状態となっており、焼きの入りの弱い地の部分との境界部分が刃文として現れる。焼入れの際は、刀身を加熱して赤めた後、水に入れて急冷する。こうすることで鋼の組織が安定なオーステナイト(面心立方格子)からマルテンサイト(体心正方格子)に変わる(マルテンサイト変態)。こうしてできたマルテンサイトは、極めて硬く、よく切れる。しかし、脆い。だから、必要不可欠な刃の部分にのみ強く焼きを入れ、さらに焼戻しをかけて靭性を出す。これも「よく切れる」のに「折れず曲がらず」という特性をもたらす一つの要因である。

 日本刀独特の反りも、この焼入れをルーツとして生まれたものだといわれている。鋼は、マルテンサイト変態に伴い体積を増す。このため、刃の側が伸び、全体として反りが生まれる。さらにこの反りが生じる過程で、刃の部分には強い圧縮応力が蓄えられることになる。この内部応力が切る際に刀身に加わる力を相殺し、折れを防ぐ。

薄暗い鍛冶場で、玉鋼が強烈な光を放つ。
薄暗い鍛冶場で、玉鋼が強烈な光を放つ。

 こうした要素を一つずつ抜き出してみれば、他国の刃物や刀剣類にも類似のものを発見することができる。けれど、これだけ理に適った要素がことごとく詰め込まれたものは、まず見当たらない。例えば、中国には青龍刀というものがあり、反りがある。けれど、単一材料で作ったもので、鎬造のような凝った構造にはなっていない。インドでかつて作られていたといわれる幻の素材、ダマスカス鋼を使った刀剣類も多く残っており、その地鉄には折返し鍛錬によって鍛えられた日本刀の鋼にも似た地紋が現れている。しかし、日本刀に施されているような繊細な刃文はない。西洋の伝統的な刀に至っては、そのほとんどが両刃の剣形で、一般的には鉄鉱石を溶解して作られた鋼を単独で使ったものである。力強さや装飾の豪華さはあっても、日本刀のような鋭い切れ味や強靭さは望むべくもない。