小沢和典氏
矢崎雄一郎氏

 日本で新規事業を手がけるベンチャー企業などが直面する難問の一つは、想定ユーザー企業が採用実績が無い新規技術の採用をためらうことだ。「採用実績があれば採用するのだが……」という矛盾する対応に苦しむ企業は多い。この難問を見事にクリアし事業化に成功したのが、東京大学発バイオ系ベンチャー企業のテラ(tella、東京都新宿区)だ。同社は2009年3月26日にジャスダック証券取引所(JASDAQ)NEOに上場し、話題を集めた。注目された理由は、現在の深刻化する金融不況のあおりで大学発ベンチャー企業の多くが事業資金集めに苦心している中で、テラはIPO(新規株式公開)を成し遂げ、事業を本格化させる事業資金確保に成功したからだった。
 2004年6月に創業した“新進気鋭”のベンチャー企業が約5年でIPOを実現できた背景には、卓越した事業戦略があった。テラも採用実績が無いとの理由で採用をためらうユーザーに直面したが、採用第一号の病院を見いだす事業戦略を実行し、初採用にこぎ着けたのだった。テラ代表取締役社長の矢崎雄一郎氏は「創業後は何回も事業成立を左右する厳しい局面に直面したが、信じ合える仲間で構成した経営陣メンバーの知恵を結集して乗り切ることができた」という。
 新規事業を目指すベンチャー企業が事業化に成功するには、経営陣や社員などの各担当者が自分の役割を最大限に果たし、協力し合うことで、何とか局面を切り開くことの積み重ねが必要となる。優れたガン治療技術を事業化したいという強い意志の下に、ねばり強くいくつかの要素技術を組み合わせて事業内容を強化した経緯を、経営陣チームをつくる過程と照らし合わせて、矢崎社長に聞いた。

 矢崎社長はテラの事業化の基となったガン治療法を発見した研究者ではない。東大医科学研究所の研究成果である「樹状細胞ワクチン療法」というガン治療技術を基に、起業家として事業計画を立案し、大阪大学や徳島大学などのいくつかの研究成果から産まれた要素技術と組み合わせて優れたガン治療技術群に育て上げ、事業として成立させたのだった。多くの大学発ベンチャー企業にありがちな、研究者である創業者が自分の研究成果に固執し過ぎて、事業内容の強化方針を見誤ることがなかったのが成功要因の一つである。

 ガン治療技術を提供することを事業とするベンチャー企業を創業したきっかけは、矢崎社長が医学部を卒業後、外科医として大学病院で3年間勤務していた時の体験だった。ある時、叔父と叔母の二人が比較的若くしてガンで相次いで亡くなり、現在のガン治療法に限界を感じた。外科医としてこのまま患者を治療していくことに専念する生き方もあるが、新しいガンの治療法を世に送り出し、多くの医者に治してもらうやり方もあると考えた。