筆者 前回は,日本のエレクトロニクス産業がなぜ競争力を落としたのかについて見てみました。一言でまとめますと,垂直統合型・擦り合わせ型の体質で勝っていたのが,いつの間にか周りが水平分業化,モジュール化してしまって,環境変化に対応できずに競争力を落とした,というわけですね。最終回は,では今後どうしたら競争力を上げられるか,という難問について話し合ってみたいと思います。前回,これからの市場構造は,新興国を中心とした「とにかく安く早く大量にばら撒く,ローエンド・ハイボリュームな市場」と,先進国を中心とした「高価格だが多様化し分散化したハイエンド・セグメンテッドボリュームな市場」に二極分化していくというお話がありました。しかし,日本企業は,そのどちらにも苦手意識を持っているようです。特に,新興国の「ローエンド・ハイボリューム」市場については戦う前に諦めているようにも見えます。

藤浪氏 「ローエンド・ハイボリューム」の市場は,そもそも水平分業化やモジュール化を契機にして成長してきた市場ですから,垂直統合や擦り合わせを得意としてきた日本企業にとって苦手なのは仕方がない面もあります。確かに,強引なまでに国際標準化を主導し水平分業の世界で巨大なシェアをとったNokiaに代表される欧米メーカーの真似をするのはハードルが高いでしょう。私はそれこそ,日本と中国メーカーが組んで,欧米勢に対抗しないとシェア獲得競争では勝ち目はないと個人的には思っています。しかし,前回述べたように,韓国Samsung社のように垂直統合的な組織でも,サプライチェーンを改善できてそれなりのシェアを獲得しているのは参考になります。まだまだやるべきことはあるのではないでしょうか。

「分割損」をどうなくす

筆者 確かに,韓国メーカーにできて,日本メーカーにできないということは本来ないように思えます。ではそもそも現時点で,韓国メーカーにできていることが,なぜ日本メーカーにはできないとお考えですか?

藤浪氏 一つは,またその話かと思われるかも知れませんが,メーカーの数が多過ぎるというところに帰着してしまいます。本来1社がまとめてやった方が効率がいいにもかかわらず,多くの企業が参入して分け合うことによって,いわゆる「分割損」が生じてしまっています。

筆者 多くの企業が同じことをしていて無駄が生じているということですね。80年代には,各社が同じ分野に取り組むことは,お互い切磋琢磨することにつながっていい結果をもたらしたのが,技術が成熟期に入って,効率の悪さが顕在化してきた…。

藤浪氏 そうですね。「ローエンド・ハイボリューム」のうち,特に「ハイ・ボリューム」を狙うには,選択と集中によって,一つの分野にリソースを集中させ,投資しなければなりません。前回見たように,米国では,垂直統合型組織を解体して,シリコンバレーモデルをつくることによって,ある程度それを達成した。日本でも半導体産業などでは,再編が始まっていますが,2社が合併しても,依然として過去の組織を引きずって「分割損」が残っている現実があります。そこをいかに解消するかがまずは重要でしょう。

筆者 それは大切な経営課題ですが,一方で技術的な解決策についても考えてみたいと思います。このほど藤浪さんにお書きいただいた論文では「ローエンド・ハイボリューム市場」で競争力を上げる手段の一つとして,有機材料を使ったプリンタブル・エレクトロニクスを挙げています。

藤浪氏 それは,『有機エレクトロニクス』というタイトルの書籍で原稿を依頼されたからそこを強調したに過ぎませんが(笑),有機材料には,ひょっとしたらパラダイムを変えるような,またはこれまでの競争条件を変えるようなポテンシャルをもっているかも知れないと思っています。

筆者 プリンタブル・エレクトロクスというと,ロール・ツー・ロールに代表されるように,とにかく安価にデバイスをつくるという点が注目されています。「ローエンド・ハイボリューム市場」でプリンタブル・エレクトロニクスで主導権を握ることが重要だということでしょうか。