リアルな店舗でも、無粋な店員が勝手に決めたお薦めを押し付けられたら顧客は引いてしまうだろう。「気が利く」と「押し付け」は表裏一体で、ちょっとした応対のズレで顧客に与えるイメージはガラリと変わる。顧客との距離感が大切なのは、機械と人間の関係でも同じだ。

 実は、協調フィルタリングを使ったAmazon社の推薦エンジンには、機械と人間の距離感を考える上で当時としてはとても巧妙な仕掛けが隠されている。「この商品を買っている人は、こんな商品も買っています」という推薦の仕方は、単に事実を並べているだけ。多くの顧客の購買傾向を統計処理したものだ。「このコンピューターはあなたのことをよく分かっていて、これがお薦めです」というような押し付けではなく、「ほかのお客さんは、これを買っているみたいですよ」というスタンスで“助言”する。

 機械とヒトの関係で見ると、この仕組みは米Google社のネット検索サービスと同じだ。同社の検索エンジンは、評価の高いWebページからのリンクが多いWebページほど上位に表示される。もちろん、これだけが条件ではないが、あるキーワードで情報を捜しているユーザに、よりマッチしていると思われるWebページを推薦している。そういう意味では、同社の検索エンジンは、Webコンテンツを対象にした巨大な推薦エンジンとも考えられる。しかし、ユーザーには単に検索結果としてしか見えず、お薦めされていることがまったく感じられない表現になっている。

 Webサイト上で他のページにリンクを張る行為は、サイトのオーナーが「それに関しては、ここを見るといいよ」という推薦であり、ヒトの知恵による成果物だ。その意味で、Amazon社やGoogle社が実現した仕組みは、前回のコラムで紹介した、多くの「人間の思考(脳)」がコンピューターの“動力源”になっている事例でもある。これは、いわゆる「Web2.0」サービスの大きな特徴だ。

真似しても、うまくいかない

 では、Amazon社と同じ仕組みを導入すれば、成功を追体験できるかといえば、そう簡単ではない。ここに推薦エンジンの導入の難しさがある。ビジネスの現場では、成功事例を見てしまうと、どうしても「あれと同じものを!」となりがちだ。だが、リアルなサービスでは当たり前のことだが、提供するサービスやブランドが違えば、顧客にとって心地よい店員の応対は変わる。高級ブランド店で量販店と同じように商品を薦められたら、げんなりとするだろう。

 例えば、音楽コンテンツ販売のA社では、ヒットチャートのトップ10がよく売れる。流行りモノが好きな顧客が集まるA社にとっては、売り上げ集計の高い楽曲を単純に提示するのが最適なお薦めの仕方だ。だが、ライバルのB社に来店する顧客はマニアが多く、「南米音楽」「ジャズ」「黒人ボーカル」といった分野ごとの品揃えの良さが評価を受けている。この場合は、A社とは異なり、顧客の嗜好を加味したお薦めの提示が有効だろう。