私は会社を離れることになったが,宇部興産に残った後輩達のため,また,地域経済の活性化のために,何か貢献したいという気持ちは日増しに強くなっていった。会社を外から見ていると,新技術の開発にもっと積極的に挑まなければ,いずれ中国など新興国のメーカーの激しい追い上げを食らうし,人件費の安い国への工場の移転も止まらないと不安に思えて仕方がなかった。よく考えると,技術開発は会社にいなければできないというものではない。いつしか,私の中の技術者魂に火が付いた。退職はしても,技術者の看板まで降ろしたつもりはない。

 これまでにも触れた通り,我々が開発した新しい鋳造技術である「スクイズキャスティング」は,強度が高くて軽く,外観の美しいアルミホイールを造れるというメリットがある。これは,アルミ溶湯を低速で金型に流し込み,凝固過程で高圧をかけて製品を成形する宇部興産独自の鋳造方法だ。この技術的な優位点のお陰で,宇部興産の受注は増え,工場を増設した後でも,最近までフル生産を続けることができていた。だが,どんな技術もそうだが,完璧ではない。スクイズキャスティングのプロセスは,鋳造が難しくて不良が多い。また,機械が大きいために設備費が高くなる。そのため,コスト競争力が高いとは言えず,改良の余地が大いに残っているのだ。自ら開発にかかわったのだから,“弱点”もよく分かっている。私は新しい改良方式の開発の必要性を感じており,退職してから多くのアルミホイール工場を見学させてもらい,その改良方式を模索した。そして,低圧鋳造法と組み合わせることを思い付き,宇部興産の社長に提案した。だが,受け入れられることはなく,提案書も返送されてきた。

 残念だが,仕方がない。私はこのアイデアを生かす方法を考えた。トヨタ自動車で最初に竪型ダイカストマシンを共同開発した時のパートナーである松原永吉氏〔当時光生アルミニューム工業(本社愛知県豊田市)副社長,元トヨタ自動車第4生技部長〕に共同開発を打診したのだ。松原氏はやってみるかと乗ってくれて,光生アルミニューム工業の神谷俊吉社長を説得し,経済産業省の補助金を受けてテスト機を製作することになった。この仕事を進めるには,手伝ってくれる人も必要だと,松原氏が連れてきたのが小出隆氏であった。小出氏は40年前,宇部興産がトヨタ自動車に初めてダイカストマシンを売り込んだ時の担当者である。

 こうして,私の基本特許を基に3人で相談しているうちに,従来よりも不良が少なく,かつ,型締め力を従来の1/5と小さくしたことで鋳造機を安く造れる新たなアイデアが生まれた。そして,この新しい鋳造方法を「ハイブリッドスクイズ鋳造」と名付け,光生アルミニューム工業から特許を出願した。

 早速,私は試験機の構想図を作成した。しかし,宇部興産に残った後輩達のことが心配なので,もう一度,宇部興産に提案することにした。当時の担当専務だった田村勲君に「製作しないか」と持ち掛けたところ,その時は「やらせて下さい」との返事をもらい,テスト機を宇部興産で製作し,光生アルミニューム工業において基本テストを行った。その結果,成功の見通しが立ったため,今度は宇部興産において実生産に向けたテスト機を設置し,テストを実施している。この開発にチャレンジして下さった光生アルミニューム工業の神谷社長さん以下に感謝している。

 ハイブリッドスクイズ鋳造法は,これまで宇部興産が使用していたスクイズキャスティング法と比較して,不良発生の原因を改良したため,良品率も向上し,製品の強度も強くなる。特に製品の伸びが大きくなり,衝撃に強く,今後の自動車がますます必要としている軽量化に対応できるとともに,衝突時の安全性においても非常に有効だ。しかも,従来のスクイズキャステイングマシン(VSC)と比較して型締め力が1/5と大幅に小さい。設備費が安く,生産性も良く,変動費も少なく,付帯設備も簡単にできて,省人化も進む。従って,付属設備を含んだ生産ラインの合理化を行えば,従来の低圧鋳造法や重力鋳造法を使って,賃金の安い後進国で生産するよりもコスト競争で優位に立てる。

 すなわち,賃金の高い日本で生産しても,品質の高いアルミホイールを安く造れるため,私は日本国内における雇用確保に貢献できると考えている。さらに,この鋳造法がもたらすコスト低減は,依然として多く使用されている鋼板製ホイールをアルミホイールに転換させる力にもなると思う。2009年7月1日に宇部興産から再独立した宇部興産ホイールができる限り早くこのプロセスに切り換え,この不況を乗り切るとともに,さらに発展してくれることを期待している。さらに言えば,この技術をダイカスト法に応用することで(特許出願中),従来できなかった強度部品の鋳造ができ,自動車の軽量化が大幅に進む可能性もあるのだ。