自分の考えた新規設計案が開発会議で大絶賛され,急遽その案を出願するよう命じられた樋口くん。社内の書式通りに発明提案書を作成して知的財産部へ持っていくと,顔見知りのクミさんが樋口君の発明提案書を受け取ってくれました。自信満々の樋口くんを尻目に,発明提案書をさっと読んだクミさんは一言,「拒絶されても落ち込まないでね」。上司達にあんなに誉められた発明が拒絶されることなんてあるの!? と,樋口くんは少し腑に落ちない様子です。

イラスト:やまだ みどり

 樋口くんは,自分の発明が皆に誉められたことで自信を持ち始めていたのに,クミさんからは思ってもみなかった評価を受け,一転不安になってしまいました。確かに,特許に関する経験が少ない段階では,上司が驚くような発明が拒絶されることはないだろうと思っても不思議ではありません。

発明はどの段階で生まれ,どう出願するか

 そもそも樋口くんのように製品開発の経験が少ない若手技術者の場合,自分の研究内容を論文などの形で発表したことはあっても,自分が考案した発明を出願したことはあまりないと思われます。従って,どのような発明なら出願できるのかということが,なかなかイメージしにくいはずです。そこで今回は,製品開発プロセスのどの段階で発明が生まれ,どう出願していくのかについて大まかなイメージを持っていただき,その上でクミさんの発言「拒絶されても落ち込まないでね」の真意について解説したいと思います。

いろいろな局面で発明は生まれる

 初めに,一般的な製品開発プロセスを確認したいと思います。製品や開発期間によって千差万別ですので,一概に「これが製品開発プロセスだ!」と言い切るのは難しいのですが,例えば家電や自動車など定期的に新機種を開発する製品なら以下のようになります。

(1)前回機種の問題点や顧客の要望といった「課題」の洗い出し
(2)「課題」を解決するための「アイデア」を提案
(3)実験や試作機で「アイデア」を検証
(4)「アイデア」を製品に組み込むように設計
(5)実機を造って耐久試験や品質などを検証

 皆さんは,上記プロセスにおいて出願できそうな発明が提案されることが多いのはどこだと思いますか? 最初の会議でアイデアを誉められた樋口くんの例から,(2)の段階で多くの発明が生まれると思ってしまうかもしれませんが,実際は(3)や(4)の段階でも発明はどんどん生まれます。なぜなら,(3)や(4)でアイデアを検証したり,製品に組み込むことを考えたりしているうちに,アイデアを実行するために必要な工夫点や効果的な構造が次々に思い浮かんでくるからです。当然,それらも特許発明として認められます。

開発途中の問題点に対する工夫でも特許は取れる

 もう少しイメージしやすくするため,具体的な例で考えてみましょう。ここでは,乾燥機能付きの洗濯機(以下,洗乾機)を開発する場合を例にして説明します。洗乾機の開発プロセスを上述の流れに当てはめると,

(1)衣類の洗濯と乾燥をいっぺんに済ませたいという顧客の要望をキャッチ
(2)洗濯機と乾燥機を合体させるというアイデアの提案
(3)大ざっぱに(外観や形状などは気にせず)温風器を洗濯機に付けてみて実験
(4)製品として売れる形になるように設計
(5)耐久試験や安全性試験を実施

のようになると思います。このとき,(3)の段階では「こういう角度で温風を当てると効率良く乾かせるぞ」とか「洗濯中の水しぶきが温風器に入ってしまうな…。こんな問題は乾燥機では存在しなかった。よし,防水構造を追加しよう!」などと,さまざまな発見や工夫点が生まれます。さらに(4)の段階では「従来の乾燥機で使われている温風器は洗乾機には大きすぎるな…。よし,小さくて効率の良い温風器を造ろう!」とか「温風器をこう配置すると効率良く温風を送れるぞ」といった具合に,新たな問題点やそれに対する解決策が生み出されます。

 特許というと「(2)の段階で上司が驚くほど斬新なアイデアでなければダメなのでは?」と思う方がいるかもしれません。しかし,実際には,日々の開発・設計業務の中で生じる問題点に対する解決案や工夫点であっても,特許庁の審査官に認められれば,発明として特許を取得できます。競合他社も開発を進めていくうちに同じような問題に直面することが考えられますので,そのような問題の解決策についてあらかじめ特許権を取得しておくことは非常に効果的であると考えられます。

「拒絶されても落ち込まないでね」の真意

 次に,上述の洗乾機の例と今回の樋口くんのケースを比較してみましょう。樋口くんが洗濯機の設計・開発を担当していたと仮定します。樋口くんは開発会議で「洗濯機に乾燥機の機能を追加してみてはどうでしょう」と提案し,上司から「そんなものは今まで見たことがない。それは業界初のアイデアだ!」と大絶賛されました。そして,洗濯機に温風器を取り付けた構成図と簡単な説明を発明提案書に記載して知的財産部のクミさんに提出しました。

 ここで,市場では洗乾機が販売されていなかったとしても,既に誰かが「洗濯機と乾燥機を合体させる」という発想自体を思い付いており,さらにその発想をどこかで発表してしまっていると,樋口くんの発明は「洗濯機と乾燥機を合体させる」ことだけがポイントなので,その出願は簡単に拒絶されると考えられます。ところが,もう少し開発が進んで,洗乾機として高い性能を発揮できる具体的な構成を編み出した上で出願したならば,誰かが単に「洗濯機と乾燥機を合体させる」という発想を発表していたというだけでは拒絶されないと考えられます。

 従って,樋口くんの発明提案書を見たクミさんは「市場では販売されていないかもしれないけど,既に誰かが同じような発想を発表していたら,樋口くんの出願は簡単に拒絶されてしまうわ」と考えます。しかし,そこであきらめるわけではありません。「でも,誰もその発想を発表していなければ特許を取れる可能性はあるのだから,チャレンジしてみるのもいいわね。しかも,まだ開発の初期段階だから,今後どんどん具体的な構成が考案されれば,新しい発明が期待できるわ。今回の出願が拒絶されたとしてもまだまたチャンスはあるから,樋口くんにはたとえ出願が拒絶されたとしても落ち込まないで今後も頑張って欲しい」とも考えることでしょう。クミさんが樋口くんに「拒絶されても落ち込まないでね」と言った背景には,こうした深い事情があったのです。

普段から意識を向けよう

 繰り返しになりますが,長い製品開発プロセスの中では,かなり早い段階で発明が生まれることもありますし,終了間際に生まれることもあります。また,上司に大絶賛されるようなアイデアであっても出願が拒絶される場合がありますし,逆に,アイデア段階では評価されなかったものの開発を進めていくうちに出願に値する発明になる場合もあります。技術者としての経験が浅いうちは,どのような発明なら出願できるのかが分からず,上司などから指示されるままに出願することや,開発業務が忙しく出願にまで意識が回らないこともあると思われます。しかし,発明は日々の開発業務の中で確実に生まれていますので,普段から意識を向けることによって,将来的には自分の開発や研究の成果を特許権という形で積極的に残していけるようになるでしょう。