1年生に自分のキャリアデザインを考えさせる

 横浜市大の教育の特徴を具体的に示すのは、現在の国際総合科学部だ。以前の商学部、国際文化学部、理学部を統合し、国際総合科学部にした。学問を総合的に学ぶことを目指す同学部のカリキュラムは、全学生が1年生時に「共通教養科目」を学ぶ。共通教養科目は「問題提起科目群」「専門との連携科目群」「技法の習得科目群」「プラクティカルイングリッシュ」の4つの群で構成する。

 国際総合科学部は7つのコースを設置している。各コースはそれぞれ将来こんな仕事につきたい人に向いていると具体的に説明する。例えば、理学系の「基盤科学コース」は「自分の手でエネルギー問題を解決したい」「環境汚染物質を無害化したい」という意志を持つ学生に向いていると説明する。そして、各コースの1年生が共通教養科目の科目を選ぶ際には、将来、自分がつきたい職業などに必要な履修科目を自分で選ぶ仕組みになっている(各コースの必修科目は22~29単位)。1年生の時に自分のキャリアデザインをひとまず考えさせ、履修科目を選ばせることで、学ぶ動機付けをするように工夫している。実際に先輩が選んだ履修科目モデルも提示し、後輩が参考にするようにしている。

 2年生になると7つのコースから一つを選び、専門科目を学ぶようになる。このため、1年生の時は複数コースの科目も履修できるようになっている。将来の専門科目を学ぶ土台となる教養科目を徹底して学ぶことで、専門科目を十分吸収できる人材を育成する構えだ。「リベラルアーツ重視の教育によって、自分で情報を発信できる人材を育成したいとの思いが、当時の教育体制改革時の議論の中から生まれた」と、小島学長は語る。

横浜SFH、横浜市大の推薦入試枠10人を獲得

 横浜SFHは2006年1月に横浜国大と横浜市大と教育内容や方法などの向上を図る特別協定を結んだ。これを契機に、小島学長は横浜市大内に若手教員有志などと、私的な「理科教育を考える会」を設ける。この会での議論が横浜SFHのリサーチリテラシーの基盤を築く際に役立った。

 さらに、小島学長は横浜市大が横浜SFHの学生を毎年10人推薦入試で入学させる仕組みづくりで東奔西走(とうほんせいそう)した。2007年に横浜SFHは「横浜市立大学チャレンジプログラム」という推薦入試案を小島学長に相談した。当時、横浜市大教授だった小島学長はすぐに賛成した。高校2年生時に同プログラム希望者を40人選抜し、7カ月間かけて横浜市大で講義を聴講したり実験したりしてリポートを作成し、その中から10人を合格者に採用する仕組みだ。優れた理科好きの高校生が横浜市大に入学すれば、まさに自分で情報発信できる優れた人材に育つ可能性が高いからだった。

 当初は横浜市大内部の反応はあまり良くなかった。指定高校からの推薦入試枠は従来の実績を基に、1校当たりせいぜい数人程度だったのに、実績のない新設高校にいきなり10人の推薦枠を与えることは前例がなかったからだ。

 2008年4月に横浜市大の学長に布施勉名誉教授が就任したことを契機に、話は一気に解決に向かう。布施学長は2005年から横浜市立高校改革推進会の座長を務め、公立大学と市立高校の連携を考えていたからだ。同年6月に推薦入試枠10人が決まった。

 小島学長は当初かなり困難とみられた横浜SFHの推薦入試枠10人を実現した。イノベーション創出は困難をいかに解決し、前に進み、また困難に直面して解決していくかという道筋の見つけ方である。高校生の理科離れを何とかしたい、大学生を自ら情報発信する創造的な人材に育てたいという目標を実際に実現するために、小島学長は戦略を立て実践し、うまくいかなければ戦略を再考し実践し、何とか突破口を見いだした点でイノベーターそのものである。日本の教育改革を担うイノベーターが増えることで、若手がイノベーション創出を担う独創的な人材に育つ環境が整っていく。イノベーターがイノベーターを育成することから、大学や研究所の第一線が高校生を教える意義は大きい。そして、その仕組みを築いた人物の功績も大きい。

参考文献
1)宇野、「人材を育てる 理解離れに“科学”で挑む」、『日経エレクトロニクス』、2008年12月15日号、pp.127-130.
2)同上、「人材を育てる 危機意識がカリキュラムを作る」、同上、2008年12月29日号、pp.79-82.