あの小柴さんから素粒子について直接学ぶ

 サイエンスリテラシーでは、1年生は外部の大学・研究所の教員や研究員から科学の研究成果などのトピックスを学ぶ。大学や研究所の担当者本人が最先端の研究成果を直接、分かりやすく語りかける。例えば、小柴特別栄誉教授が素粒子について、和田研究顧問が遺伝子解析について講義する。日本有数の第一人者が直接教えるため、高校生は科学の面白さに引き込まれる。高校生が授業講内容に興味を持てば、その分野を自分で学ぶようになり、生きた知識を身につける。外部講師の中では「基礎研究から応用開発に進む際の、研究者の着想力や構想力などまで話す方がいるため、高校生は研究者の卵としての素養も自然と身につける」と、小島学長は説明する。

横浜SFH
横浜SFH
横浜市鶴見区に設立された横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校(写真は横浜SFH提供)

 平日の授業に加えて、土曜日や日曜日には東京大学や横浜国立大学などの研究室を見学したり、理研横浜研究所や宇宙開発研究機構(JAXA)の研究所を訪問したりするなど、最先端の研究現場を自分の目で観察する。高校生の時に、日本の最先端の研究現場を見ることで、自分の将来像を考えるきっかけを与えるのが狙いだ。

 さらに、国語や英語の教員が日本語や英語によるプレゼンテーションの仕方やリポートの書き方のコツを教える。これは2年生で学ぶサイエンスリテラシーの準備になっている。Webサイトを用いた検索法なども具体的に学ぶ。例えば、遺伝子やタンパク質のデータベースから自分が知りたい情報の探し方などを学ぶ。

 2年生は1年生で学んだことを基に自分で研究したいテーマを決め、その研究計画書を書き上げる。この計画書作成時に、1年生で学んだリポートの書き方が生かされる仕組みだ。研究テーマの内容によっては大学や研究所の実験装置を使って研究することもあると想定している。その研究成果を発表会で説明し、質疑を受けて研究者としての素養を一通り学ぶことになる。

 今年は1年生が入学したばかりなので、2年間のサイエンスリテラシー受講によって高校生がどこまで変身するかはまだ分からない。このサイエンスリテラシーの授業は、ある種の理系エリート教育が高校生をどう進化させるのかという実験でもあり、その成果によっては今後、高校や大学の教育まで影響を与える可能性が高いといえる。

 サイエンスリテラシーは外部の大学や研究所の第一線で活躍する教員や研究員が高校生を直接講義する点がポイントになっている。小島学長をはじめとする科学技術顧問のメンバーは、横浜SFHの教員と外部の大学や研究所の教員や研究員をつなぐ役目を担う。逆にいえば、日本の大学や研究所の教員や研究員は、自らの手で将来の科学技術の担い手を育成することにかかわることで、日本の若者の理科離れ対策の有効手段を見いだそうとしているといえる。

リベラルアーツ重視の大学改革が布石に

 小島学長が横浜SFHの設立にかかわった経緯は、横浜市が2003年7月に外部の有識者で構成した「科学技術高校(仮称)アドバイザリー委員会」を設置したことだった。当時、横浜市立大学の教授だった小島学長は、同委員会の委員を頼まれた。理研の和田研究顧問も委員に就任した。

 横浜市が同委員会を設置した理由は、当時の横浜鶴見工業高校の改善・整備案を検討する中から、これからは工業高校ではなく、科学に特化した高校が時代のニーズとの意見が高まったからだった。同委員会は2004年12月に理系に特化する高校の基本構想を「産学連携による人づくり」と定めるなど、新しい時代に合った高校をつくる方針を固めていった。

 小島学長が横浜SFHの設立に情熱を注ぐようになった動機は、高校生などの理科離れに対する危機感だったが、その直接的なきっかけは横浜市大での教育体制改革での体験だった。横浜市大は以前は他の大学と同様に専門学部を束ねた構成だった。しかし、従来の教育体制のままでは多くの学生が“受け身の教育”しか学ばないことに気づいた教員有志は専門教育よりも基礎学力を高めるリベラルアーツ (Liberal Arts、教養教育)を重視する教育体制を模索し始めた。当初は、従来の教育体制を変える大学改革に不安を感じる教員も多かったが、学内での議論を積み重ね、かなりの紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、大学改革を実現した。中規模の大学だけに、何か特色を出さないと、多くの大学群の中に埋没し、存在感を出せないと考えたことが、大学改革の駆動力となったようだ。

 学生に配布された平成21年度の「横浜市立大学総合履修ガイド」は、冒頭に「まず幅広い教養と知識を履修し、大局的な判断力を養って『総合的な人間力』を高め」、これによって「実践的な教養教育」を身に付けると唱う。「『実践的な教養教育』とは『生き抜くための、自由人の知恵と技法』である」という。

 横浜市大の大学改革は平成17年(2005年)4月の公立独立法人化を契機に実施された。それまでの準備を経て平成16年度(2004年)に大学改革推進本部を設け、その傘下に学内教職員プロジェクトを置き、さまざまな具体案を練るプロジェクトチームを配置した。小島学長(当時は横浜市大教授)も学内教職員プロジェクトのメンバーの一人として、大学教育のあり方について議論し、具体案にまとめ上げる貢献を果たした。