BYD社は1995年に設立された新興の2次電池メーカーである。一方、日本のエレクトロニクス・メーカーは、この状況を横目で見ながら手をこまぬいているようにも見える。電気自動車を作るために必要なあらゆる要素技術を持ち、資金力やブランド力がありながら部品を供給する以上のことを考えようとしないのは、傍目から見ると不思議である。正確に言えば、どのメーカーでも個人レベルでは「やるべきだ」と思っている方がかなりおられる。けれど、現実になると身動きが取れない状態なのである。いろいろなメーカーの方々と話をしていて常に話題になるのは、「縦割りの弊害」と「リーダーシップの欠如」である。

 自動車は「集積産業」であり、関連ビジネスを立ち上げようとすれば、複数の部署に跨るのは当然だ。一つの部署が発案すれば、必ず他の部署の領分にも手を突っ込まざるを得なくなる。だが「自部門にとってのメリット」しか考えず、今までの権限にしがみついていたら何も変えられない。今はビジネスのフレームワーク(枠組み)が変わろうとしているときであり、全社を「戦略」レベルで動かさなければならないときともいえる。「部分最適」ではなく「全体最適」を考えるべきときといえるだろう。

 全社をダイナミックに動かすことができるのは、「トップダウン」=強いリーダーシップだけである。だが日本は社長はトップと言っても数多くいる役員の最上位、いわば首相のようなものである。米国の大統領のような絶対的な権限を持っている訳ではない。「たとえ社長や会長と言えとも、カンパニーや事業部の権限に手を入れるのは無理だ」という声は、実際あちこちのメーカーで耳にする。

 平時であれば現場に権限委譲して戦術レベルでベストを尽くせばいい。だが非常時には全体をダイナミックに動かせる体制が必要だ。平常時の体制では、方針を思い切って変えようとしようにも、利害が絡んで議論が紛糾し、そのため中途半端な妥協案でおさまってしまうのが目に見えている。そのことを知ってか、かつての江戸幕府は、非常時には「大老」を置いて権限を集中させた。

 1000億円単位の赤字に苦しみ、次の成長戦略が見えない今がその「非常時」である。自動車のビジネスに限らず、「全体最適」をして総合力を生かせる体制を作らないと将来は見えてこない。米Apple社でiMacやiPodが誕生したのは、わがままで有名だったスティーブ・ジョブスを呼び戻してトップに据えたことを抜きには語れない。崩壊の淵にあったIBMを復活に導いたのは、ナビスコのCEOだったルイス・ガースナーに方針を委ねたからである。今の状況を打破するためには、いっそのこと全社員の直接選挙で「大統領」を決めて、その人に全権を委ねるくらいの荒療治が必要なのではないかと思う。

田中 栄 (たなか さかえ)
アクアビット 代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー
1990年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年CSK入社、社長室所属。CSKグループ会長・故・大川功氏の下で事業計画の策定、業績評価など、実践的な経営管理を学ぶ。1993年マイクロソフト入社。WordおよびOfficeのマーケティング戦略を担当。1998年ビジネスプランナーとして日本法人の事業計画立案を統括。2002年12月に同社を退社後、2003年2月アクアビットを設立し、代表取締役に就任。主な著書「未来予測レポート デジタル産業2007-2020」「未来予測レポート2008-2020食の未来編」「未来予測レポート 自動車産業 2009-2025」(日経BP社)など。北海道札幌市出身、1966年生まれ。