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第1回---開発の前に「先行特許」を調べる理由

柳 康樹=創英国際特許法律事務所 弁理士
2009/06/04 13:30
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 樋口くんは,メーカーの設計・開発課に勤務する入社2年目の若手技術者。この春から,初めて新製品の開発プロジェクトに加わることになり,張り切っています。新製品のある一部分の新規設計・開発を担当することになりましたが,上司の上木課長から「先行特許を調べておけよ」と言われて,疑問を感じました。自分の仕事は設計・開発なのに,なぜ設計前から特許が関係してくるのだろうと。そもそも「先行特許」って何?

イラスト:やまだ みどり

 樋口くんのように大学卒業後,新製品開発プロジェクトにかかわったばかりの若手技術者の方々の中には,「特許」という単語は聞いたことがあっても,具体的にどういうものであって,どの程度重要なものであるのかをイメージしにくいかもしれません。まず,「特許」とは一体何なのか,そしてどれくらい重要なものであるのかを説明した上で,樋口くんの疑問にお答えしたいと思います。

 「特許」とは,ある発明者が新たな発明をした場合に,その発明を独占的に実施しうる権利(いわゆる特許権)を国が付与することであり,例外も多々ありますが,ものすごく簡単に言うと「あなたの発明は素晴らしい! 素晴らしいから,この発明は日本国内ではあなただけ使ってもいいですよ! ほかの人たちには使わせませんよ!」と国が保証することです。具体的には,発明者が所定の書式に従って発明の内容を記載した書類を特許庁に提出(これを出願といいます)すると,特許庁がその発明を審査し,その審査を通過した発明のみに対して晴れて特許権が与えられます。その後,特許権を有する人は,自分の発明を真似した人に対して「差止請求*1」を行ったり,損害賠償請求を行ったり,あるいはほかの人に権利を売って利益を得たりすることが可能になります。

*1 差止請求 特許権を侵害している者に,その侵害行為の停止を請求すること。具体的には,製造や販売の中止を求めたりすることなどを指します。

他社特許権の侵害を回避

 ここまでの説明で,特許とは何か,そしてなぜ重要なのかを理解していただけましたでしょうか。それでは,なぜ設計・開発課の樋口くんが,まだ新製品の開発前なのに「先行特許」を調査しなくてはならないのでしょうか? そもそも,樋口くんは「先行特許」が何かということも疑問に思っているようなので,ここから説明しましょう。

 「先行特許」とは,正式に定義されている言葉ではないのですが,これから樋口くんが設計・開発しようとしている技術分野に関し,その時点で既にほかの会社や人が特許権を持っている発明のことと理解しておいてください。つまり,既にほかの会社や人が開発し,「独占的に実施」することが保証されている発明のことです。(なお,先ほども述べましたように,「先行特許」という言葉は正式に定義されているわけではなく,また「先行特許」という正式な“区分”のようなものが存在するわけでもなく,あくまでも開発の現場で実務上用いられている言葉ですので,ご注意ください。)

 現実には,開発前の段階で既に多くの先行特許が存在しているため,樋口くんは,自分が設計・開発の担当をする部分について先行特許の調査を行い,他社がどのような発明について特許権を持っているのかを把握する必要があります。なぜなら,調査を行うことによって先行特許を発見した場合,それらの特許権を侵害しないように新たな製品の設計・開発を進めなければならないからです。また,既にある程度の「アイデア出し」が終わっている段階で先行特許を見つけた場合は,開発内容の方向転換を行い,侵害を回避するか,または将来他社と「クロスライセンス契約*2」を結ぶことを前提として「改良発明」の創出を目指す必要があります。

*2 クロスライセンス契約 特許権者同士が互いに相手の特許権を利用することができるように締結するライセンス契約。例えば、他者の特許発明を更に改良させた発明について特許権を取得した場合に、クロスライセンス契約を結ぶことがある。

成果が水の泡になる恐れも

 では,仮に先行特許の調査を行わないままに開発を進めてしまったらどのような弊害が起こりうるのでしょうか? ここまでの説明でも十分に想像がつくと思いますが,他社の特許権を侵害してしまうとも知らずに開発を進めてしまい,そのまま新製品を販売してしまうと,その特許権を持っている会社から販売の差し止めを請求されたり,最悪の場合は損害賠償請求をされたりすることがあります。また,仮に“幸運にも”他社から何も言われなくても,製品の販売後に他社の特許権を侵害している恐れが発覚してしまった場合,樋口くんの担当部分を緊急に設計変更しなければならないかもしれません。

 製品の発売前に他社の先行特許を発見しても,開発プロジェクトがある程度進んでいて,製品の設計図が固まりつつある段階では,急遽開発プロジェクトの方向転換を図らなくてはなりません。そうすると,樋口くんのそれまでの成果が水の泡になってしまうばかりか,それまでに費やした開発コストなどが無駄になってしまう恐れがあります。

 以上の説明で,先行特許調査の必要性や重要性がご理解いただけたと思います。なお,先行特許調査を製品開発プロジェクトの初期段階で行うのは当然ですが,その調査範囲や調査対象に関しては各社で若干の差があるでしょう。

 例えば,樋口くんの担当部分に関しては具体的なアイデアがあって,大まかな方向性が定まっている場合,そのアイデアについての特許権を既に他社が取得していないかという視点で調査します。一方,担当部分と課題だけが分かっていて方向性はそれほど定まっていない場合は,もう少し幅広い視点で調査する必要があります。具体的には,「その課題を解決するための発明」としてどのような特許権を他社が持っているか(そして,どのような発明であればまだ特許をとられていないか)という視点で調査するのです。この点は,プロジェクトの状況を見て判断しつつ,自分だけでよく分からない場合には上司や先輩に相談するのがよいでしょう。

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