大学院に入学し知識体系を再構築

 土井社長は、実はヒューマン・キャピタル・マネジメント(HCM、札幌市)というインキュベーション事業や人材育成事業などを手がける企業の代表取締役社長が本業だ。イーベックは、同社のインキュベーション事業の対象企業の一つでしかない。もちろん、現在はイーベックの経営に多くの時間を割いているのだが。

 HCM自身も2002年7月に創業された、まだ歴史の浅いベンチャー企業だ。同社が手がけるインキュベーション事業のポイントは「地域にある科学知・技術知などの優れた素材と経営技術を結びつけることだ」という。HCMは大学などの独創的な研究成果に基づく事業化を実現するために、経営技術を提供する事業を展開している。具体的には、大学発ベンチャー企業に経営担当の役員を派遣し、その企業の経営能力を高め、事業化を成功させることだ。その際に心がける点は「勝てる土俵に勝負を持ち込み、その当該企業の強みを高めることにある」という。言い換えれば、自社の事業でやらないことは何かの優先順位と劣後順位を明確にし、事業領域を定めて「売れる仕組みをつくり、収益回収エンジンを持つ事業モデルだ」と語る。

 言うのはたやすいが、その実現は難しい。これを実現するにはコミュニケーションの成果とは受け手の納得度であることを十分理解し、「『言った』『言わない』ではなく、『成果を出した』『成果を出していない』というレベルに引き上げることがポイントになる」と土井社長は力説する。「成果を上げてこそ経営のプロである」という結果論ではなく、プロの経営者は諦めずにあの手この手でいろいろな解を考え、成果を上げるまで挑戦し続ける方法論が大切になる。土井社長はコミュニケーション能力を難問に直面する修羅場ごとに学んだようだ。

 事業の利害関係者同士がお互いに歩み寄れる解を得るには、事業化内容の基になる科学・技術内容のポイントを理解したうえで、事業収支をどう取るかなどの経営学に、守るべきコンプライアンスを考える法務を中心とした法学などを併せなくてはならないため、学ぶべき項目は多い。多くの人が事業計画を立て、改良しながら、“泥縄”式で学ぶ。必要なことを学び続けるタフな姿勢がまずは重要になる。この学び続ける姿勢を維持する能力は、事業化できれば社会に何を提供できるかという哲学のようなものを持っているかどうかによる。これだけは実現したいという内容を十分に考え抜き、自分の信念に昇華する思考力が学び続ける姿勢を左右する。

 土井社長は元々は関西出身だが、北海道の新産業育成が重要と考え、HCMを2002年7月に札幌市に創業した。その動機は、安田信託銀行に勤めていた時に「札幌市などの地方都市での地域興しの必要性を強く感じ、起業家になろうと思ったからだ」という。自分の思ったことを実行するために、銀行を辞めて北海道に渡り、まずは小樽商科大学大学院商学研究科に入学する。「北海道の経済構造を学ぶ」ためだった。ここで、瀬戸篤教授から北海道経済の分析や解説を学び、自分なりの分析を基に、対応策を考えた。ここで、考え抜く力を会得したようだ。経営学の基礎を基に自分の知識体系を再構築したことが、大学発ベンチャー企業の経営者となった時に考え抜く知識体系の基礎になったといえる。

 商学研究科入学と同時に、信託銀行出身者であることから小樽商大のビジネス創造センターの学外協力スタッフとしても活躍する。さらに、小樽商大大学院で学びながら、生活の糧を得るために札幌市にあるコンサルティング企業にも就職し、最後は同社の役員まで上りつめるほど活躍した。

 社会人学生として大学院で学ぶためには、仕事と学業とを両立させる時間管理や短時間での意識の切り替えなどが必要になる。仕事にも授業にも集中することが求められる。この実践はそう生易しいことではない。大学院生時代は、集中してことに当たる練習を積んだようだ。