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剥いだ皮を軒下で乾かす。
剥いだ皮を軒下で乾かす。
剥いだ皮を軒下で乾かす。

 あいにくの雨模様だった。空はどんよりと曇り、ぱらぱらと小雨が降りかかる。海抜200mのこの地では、雪に変わることも珍しくないという。尾崎家の脇にあるちょっとした広場には、大きなビニールシートが山なりに吊ってある。その下には無数の楮(こうぞ)の皮。家の軒下だけでは足りず、使える場所をすべて使って、剥いだばかりの皮を干しているのだ。

 蒸して剥がした楮の樹皮は、次にカラカラになるまで乾かす。ひとまず尾崎家の敷地で干した後、今度は集落の上にある、日がよく当たる場所に持っていき、さらに干す。皮を束ねた部分が、柔らかくなくなれば出来上がり。

 すっかり乾ききった皮を「黒皮」と呼ぶ。和紙の原料を商う原料商は、この状態で農家から楮を買い付ける。蒸した直後の湿った皮は、そのまま放置するとすぐ腐る。しかし、水気が無くなるまで乾かせば長い間持つ。黒皮を原料として流通・保存しやすくするために干すのである。

 その次の工程を、尾崎家は外部に依頼している。といっても、尾崎家から急坂を下った先に住む、親戚の力を借りる形である。尾崎家の先代・茂の弟に当たる幸次郎。尾崎家の現在の代表・孝次郎と、一文字違うが同じ名前だ。

乾ききった黒皮を、清流にさらしてもどす。
乾ききった黒皮を、清流にさらしてもどす。
黒皮を「へぐる」尾崎幸次郎。
黒皮を「へぐる」尾崎幸次郎。
へぐったあとの白皮。
へぐったあとの白皮。

 坂の下の幸次郎が担当するのは、黒皮の外側にある黒い部分を取り除く作業。土地の言葉で「へぐる」と言い習わされる。和紙に利用する楮の靭皮(じんぴ)繊維は、茎を覆う樹皮の内側、茎の芯との間のごく薄い領域に集中している。楮を蒸して剥がした黒皮は、茎の芯から外側を剥いたものだ。そこから一番外側の皮を取り除いて、ようやく靭皮繊維が手に入る。

 幸次郎の作業の第一歩は、乾燥しきった黒皮を水でもどすこと。近所の山に分け入った清流に、黒皮の束を浸してしばらく置いておく。今年の楮は堅かったので、二日間流れにさらしたという。十分に柔らかくなった黒皮を自宅に持ち帰り、紐で編んだ束をほどいて、一枚一枚へぐる。

 腰掛けた幸次郎の前にあるのは、床のすぐ上で断ち切った柱のような木。草履をつくるように編んだ布をかぶせてある。その上に、黒皮を載せる。真上から押さえ込むように包丁を当て、左手で一気に引っこ抜く。これを3~5回繰り返すと、黒皮から黒さが減って、緑がかった組織が残る。時々、包丁を細かく操って、小さく変色した部分を削ったりもする。最後に皮の向きを逆にして、これまで手で持っていた部分をへぐって終わり。

 幸次郎は、作業を終えた皮を眺め、三つに分けて置いた皮の山のどれかに重ねる。「焼け」があるかどうかでまず分ける。「焼け」は、黒い部分を削いだ後も残る赤茶けた筋で、白い紙をつくる妨げになる。焼けがある皮は取りのけて別の紙に使い、焼けがないものは長さに応じて二つに分けていた。

 包丁に引っかかる表面を物ともせずに引き抜くには、相当な力が必要。そう語る幸次郎は、83歳とは思えぬ目まぐるしさで動き、山積みの黒皮をどんどんさばいていく。作業が進むと、黒皮からにじみ出た汁で、次第に布が濡れてくる。「布が乾いてるとやりにくい。汁が出てええ加減になる」。