もっとも、洋紙の洗礼を受けた日本の紙が、その良さを取り入れて変わっていくのは自然な成り行きといえるだろう。古来製法にこだわらなくとも、新製法で同等の紙ができるのならば別に問題はない。

 けれど、そうはうまくいかないらしい。「同じような紙」はできても「同等の紙」はできない。和紙づくりに携わる人たちは、そう口を揃える。パルプを混ぜ機械で漉いた和紙をつくるのは、時代の要請を受けたから。しかし、その結果として生まれるのは、昔からある日本の紙とは似て非なるもの。和紙ならではの品質や風合いは、結局は古来の材料と製法によらなければ生み出せないというのだ。

 作り手だけでなく使い手の意見も聞こうと、鈴栄経師(きょうじ)の鈴木源吾を訪ねた。経師は表具師とも呼ばれ、襖貼りや書画の軸装などを手掛ける、いわば「紙を扱うプロ」である。鈴木はその第一人者。最近では大徳寺聚光院別院の襖絵を手掛け、話題を呼んだ。日本画家の千住博が5年の歳月をかけ完成させた絵を襖に仕上げたのが彼である。

楮(こうぞ)の木からつくった和紙を濡らして裂くと、長い繊維が顔をのぞかせる
楮(こうぞ)の木からつくった和紙を濡らして裂くと、長い繊維が顔をのぞかせる。(写真:宮田昌彦)

 その鈴木が言う。「機械漉きか手漉きかなんて、すぐに分かりますよ。紙が機械漉きだったら、大抵パルプを使ってるね。それもすぐわかる。使い手からいえば、やっぱり自然の材料を使って手漉きしたものが一番。手漉きした紙は、そのままでも、黒く塗っても表情が柔らかいんだよね」

 正しくつくった和紙は、何よりも持ちが違う。

 「出来上がったものを見て『いい仕事ですね』なんて言われても、何言ってるんだって話ですよ。僕らの仕事は10年後、100年後なんだよね。千住さんと聚光院でやったときは、500年以上持たせようって話してたんだよ。昔から、襖絵は8枚も10枚も下貼りをしている。画家に描いてもらった絵を保護するためですよ。湿度が高い夏は、紙が水分を吸ってくれる。冬になって乾燥すると、逆に吐き出す。だから、100年でも200年でも持つんでね。それをやるには手漉きの和紙じゃなければダメ。下貼りだから、見えないからといって紙質を落とすなんてことは一切できないんでね」