「いや、不思議なもんですよ。買おうか買うまいかと迷っているときには、本当に本物に見えているわけです。確実とは言えなくても、まず大丈夫だろうと。ところが、分かりました、買いましょうと言ったとたん、しまったと気付く。買った瞬間に、ニセモノであることが分かるんだ。結局、買うまではいいところしか見ていない。美点ばかりを見て本物だと思う。けど、買って自分のものになった瞬間からパッと欠点が目に入るようになる。往々にして、その欠点が決定的な贋物の証拠だったりするものでね」

 売る方からすれば、ヒロ・ナカムラじゃないけど「やったー」である。目を曇らせるためにわざと低い値段を提示し、その効果でまんまと売り抜けることができたわけだから。逆に、買ってしまった当人は、その品物を床に叩きつけてしまいたい衝動にかられることだろう。

社長が激怒したから?

 こんな話を持ち出したのは、何だかすごくよく似たうわさ話を聞いたからである。某社が半導体事業を他社に譲渡したのだが、その後にうっかり社長が「まんまと売り抜けた」といった趣旨の発言をしてしまい、それがどこかの新聞だか雑誌だかに掲載されてしまった。それを読んだ譲渡先の企業トップは激怒、子会社としたその半導体メーカーの解体を決めた、というのである。

 その内容を確かめるべく、某社社長の問題発言に関していろいろ探してみたのだが、結局、見つけることはできなかった。だから、あくまでうわさ話である。ただ、両社の関係者以外の方からも同じ話を聞いたので、業界ではかなり広く流布している話なのだと思う。

 ここまで書けば気付かれた方も多いと思うが、その「売って買われて」という運命をたどったのはOKIセミコンダクタ。その名の通りOKIの一部門だったのだが売却され、2008年10月にロームの子会社となり、現在に至る。その一大本拠地は東京・八王子にある。OKIの研究所も同一敷地内にあり、私にとっては母校ともいえる場所である。

 そんな思い入れがあるものだから、売却が決まった折にも「なぜなら、給料が安いから」というタイトルで記事を書いた。「ついに売られてしまった、ショック」ということで要因分析などを試みたりしたのだが、それから間もなく大不況が世界を覆い、半導体業界はそのあおりを受け軒並み巨額の赤字を計上することになる。今や、「売られる」どころか「なくなる」、「給料が安い」どころか「給料がなくなる」ことを心配しなければならない事態なのである。