自動車は、購入後の修理やメンテナンスなどを含めて成り立つ商品である。いつ部品供給が途絶えるかも分からないメーカーの車を消費者が避けるのは当然だ。信用不安による影響は一般の消費財よりはるかに大きい。し好品として「カッコよさ」も重要な要素だ。乗っていて恥ずかしくなるようなイメージなら、むしろブランドなどない方がいい。今やCapter11の適用などどうでもいいほど、ビッグ3のブランド力は地に落ちてしまった。

それでも米国は復活する

 未来予測レポートでも書いたが、それでも米国は自動車産業を見捨てることはない。だがここまでブランドが傷つくと、イメージを再び前向きなものへと改善するのは容易ではなく、信用不安を払拭するのはほとんど不可能だろう。一旦、元の形が分からないほどバラバラにして、新しい会社を立ち上げる可能性が高い。たとえ歴史の名声を失うことになっても、その方がはるかに現実的だからだ。

 米国政府は、それほどの大手術によってビッグ3の名を消し去ることはあっても、産業そのものを消滅させることは決してしないだろう。米国が生き残るには「借金頼みの投資家」から「汗水たらして働く労働者」に戻り、外貨を稼ぐという方法しか残っていないからだ。少なくともオバマ大統領はそう考えているようだ。ところが工業製品を製造するには、設計やデザイン、材料や製造装置、組み立て、塗装などたくさんの人手が必要になる。金融商品のように「数人の天才がいれば済む」というものではない。

 だから、一握りの高所得者だけがいても経済は回らない。社会全体が持続的に経済成長するには安定した中産階級が必要になる。だからこそ国内に残された数少ない製造業であり、規模も大きい自動車産業は手放せないのである。しかも米国社会は、自動車抜きには生活が成り立たない。自動車こそがエネルギー政策の要でもある。他の国にこれを委ねるか否かは、安全保障にも関わる、単純な損得では片付けられない問題なのである。

 時間こそかかるが、米国経済は必ず復活するだろう。それだけの技術や資金、そして多様な人材の蓄積があるからだ。大量の血を流した分だけ、復活後の米国の自動車メーカーは強くなる。かつて倒産の危機に瀕した「Appleの復活」を思い起こせばよい。復活に歩調を合わせてドル安が進行し、それが強烈な追い風となる。その、復活した米国が「黒船」よろしく、今度は日本の自動車メーカーにビジネスモデルの改革を迫ることになるだろう。

田中 栄 (たなか さかえ)
アクアビット 代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー
1990年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年CSK入社、社長室所属。CSKグループ会長・故・大川功氏の下で事業計画の策定、業績評価など、実践的な経営管理を学ぶ。1993年マイクロソフト入社。WordおよびOfficeのマーケティング戦略を担当。1998年ビジネスプランナーとして日本法人の事業計画立案を統括。2002年12月に同社を退社後、2003年2月アクアビットを設立し、代表取締役に就任。主な著書「未来予測レポート デジタル産業2007-2020」「未来予測レポート2008-2020食の未来編」「未来予測レポート 自動車産業 2009-2025」(日経BP社)など。北海道札幌市出身、1966年生まれ。