前回は国内半導体メーカーの経営統合を期待する話を書いたが,現実にルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスの経営統合や,エルピーダと台湾グループの提携などの動きが表面に出てきた。期待をもって見守りたい。

 前回は大局を論じたので,今回は小さな話をしようと思う。私が技術開発や経営の現場で出会った人の話だ。優秀な人材が集まった(と信じたい)半導体業界でひときわ存在感を放った人の話を書き連ねてみると,仕事との向き合い方,組織で仕事を進めるときの心得,といったものに帰納できるような気がした。

「いま困ってること三つ書け」

 個人的な話になるが,キャリアの中で私は部下に大変恵まれたが,上司にもまた恵まれたと思っている。その昔,三菱電機の伊丹事業所には「刑事コロンボ」がいた。ご存じない方のために説明すると,コロンボは小柄でよれよれのレイン・コートを着て頭は鳥の巣,ただし推理能力は抜群というロス市警の警部補(という設定のテレビ・ドラマの主人公)。三国志が好きな人は鳳雛だと思ってもらえばいい。見た目は冴えない,頭はキレて決断力がある。当時,三菱電機の半導体開発を統べていたのはそんな男だった。外見は全く飾り気がなく,悪く言えば貧相。このおじさんが部下を連れてよその会社へ行くと相手はまず部下のほうに歩み寄って名刺交換しようとするほどだった。

 工場から開発部門のトップに着任したおじさんは,就任後すぐに部の全員に命じた。自分がいま困っている問題あるいは組織として問題だと思うことを三つ書け。思うに彼はこの問いを通じて二つのことをわかろうとしたのだろう。一つはこの組織の抱える問題は何であるか。もう一つは,回答者が何を問題と捉える人間か。つまり,部下それぞれの資質や性格を理解しようとした。

 みんなの回答をどう整理したのか,おじさんはズーッと自分の直下の部下(肩書き上,わりと偉い)をほとんど招集せず,困ったときは若いやつをいつも集めた。若いやつの間では「なんで俺らばっかり呼ばれるんやろ」という話がいつも出ていた。おそらく彼は頼りになると思う人間とそうでない人間を肩書は度外視して見定めていた。これは極端なやり方で,選び方をひとつ間違えれば目も当てられないことになっただろうが,おじさんの選抜のしかたにはなるほどと思わせる一貫性と確かさがあったように思う。

 人以外にも,おじさんは選んだ。開発部門に異動してくるなり,たくさんあった開発プロジェクトを削りまくって結局二つのプロジェクトに組織のリソースを集めた。新任の上司といえば,たいがい新しいプロジェクトを立ち上げたがるものだが,彼は逆をいったのだ。おじさんが選んだうち一つはDRAMのプロジェクトだった。当時,民生機器向けのカスタム製品が中心だった事業部を汎用分野に戦略転換させるのは容易ではなかったが,彼はやりとげた。「他社がやるから」「よそはあの製品で儲けているから」。そんな理由では,おじさんはプロジェクトを残さなかった。よどみなく「選択と集中」を進めてみせた。

 彼は戦略的なことには徹底してうるさく,部下ともよく議論した。組織の上に立つ者の仕事はまず戦略を立てることだ。戦略的に経営を考え,実行し,チェックする。彼は自分の仕事をさぼらなかった。帰りの車の中でさえ,いつも彼は私に問うた。「うちの半導体事業が勝つ方策は?」「今は業界5位やけど,次にやっつける上位会社はどこや?その理由は?」「ゲートアレイは我が社のビジネスとすべきか?」「共同研究組合の問題点はなんや?」「今の半導体事業部長は賢いかアホか?」などなど。知る限り,趣味らしい趣味も持たないおじさんだった。常に考えることは半導体事業や技術開発の成功戦略だったのだろう。